『経方方証縦横』の記述に基づき、「桂枝去芍薬加蜀漆牡蠣龍骨救逆湯」の「注家方論」と「医案選録」について解説する。
注家方論
歴代の医家たちは、火(火灸などの温熱療法)による誤治で生じた驚狂(ひどく驚き狂うこと)に対して、なぜ本方から芍薬を去り、蜀漆(しょくしつ)や龍骨、牡蛎を加えるのか、その配合の意図について以下のように考察している。
- 方有執(『傷寒論条弁』):
- 桂枝と甘草で傷寒の浮脈を和らげ、蜀漆の辛平で火邪の逆乱を散らし、龍骨と牡蛎で散乱した「陽神」を収斂し、大棗と生姜で脾を醒まして、起きても寝ても不安な状態を和らげると説明している。芍薬を去る理由は、芍薬が陰を主る性質を持つため、かえって陽気に勝ってしまうのを嫌うためだと述べている。
- 王子接(『絳雪園古方選注』):
- 火が心経の陽気に迫っている状態であり、酸収(収斂)の性質を持つ芍薬では落ち着かせることができないため、芍薬を去るのだと分析している。桂枝と蜀漆の力で急速に陽の部位に薬効を向かわせ、突如として散乱した神明を救うと解説し、蜀漆を先に煮ることで陽分の痰を素早く去り、龍骨・牡蛎を導いて陽の部位から驚きを鎮めるのだとしている。
- 張璐(『傷寒缵論』):
- 火に迫られて驚狂し落ち着かないのは、火邪が心に及び神明が散乱しているためだと病理を述べている。散乱した神を収めたいのになぜ芍薬を去るのかという疑問に対しては、「陽神の散乱は陽の薬で求めるべきである。芍薬の陰の重さを去ることで初めて素早く陽の部位に達することができ、性質の激しい蜀漆で陰中の邪を一掃し、龍骨・牡蛎で陰中の怯えをしっかり鎮めることができるからだ」と解説している。
- 張錫駒(『傷寒直解』):
- 桂枝で心気を保ち、水族で重さのある龍骨と牡蛎を用いることで、「水をもって火邪を制し」、浮越した神気を重鎮させると説明している。蜀漆で陽熱を泄らし、芍薬は陰を助け陽を亡ぼす恐れがあるため去ると述べている。さらに、神気は中焦の水穀の精から生まれるため、甘草・大棗・生姜で中焦の気を助けているのだと分析している。
医案選録
この項目では、近現代の名医・劉渡舟による、精神的刺激から発症した精神疾患の治療例が1例紹介されている。
- 劉渡舟の医案(精神的刺激による幻覚・驚狂):
- 28歳の男性。精神的な刺激を受けて発病し、睡眠不良、心中の煩躁、そして三幻(幻聴・幻視・幻覚)の症状があり、時に怯え、時に悲しんで泣き、胸の煩悶が自分でも抑えられない状態であった。脈は弦滑、舌苔は白膩で厚かったことから、「痰熱が内部に滞って心宮を上擾(かき乱す)し、肝気が抑鬱されている」証と弁証された。
- そこで、本方の意図を汲み、蜀漆6g、黄連9g、大黄9g、生姜9g、桂枝6g、龍骨12g、牡蛎12g、竹茹10g、胆星10g、菖蒲6g、鬱金9gからなる処方を投与した。2剤服用したところで下痢をし、心胸がすっきりとした。そこで大黄を抜いてさらに3剤服用させたところ、突然お椀一杯分の痰涎を吐き出した。これを境に病情は好転し、その後は滌痰湯と温胆湯を交互に服用させて完治に至ったという成功例が記されている。


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