『経方方証縦横』の出典に基づき、「甘草附子湯」の「注家方論」と「医案選録(名医験案)」について説明する。
注家方論(歴代の注釈家による考察)
歴代の医家たちは、本方が風・寒・湿の三邪に対してどのように働くか、また構成生薬の役割や類似処方との鑑別について深く考察している。
- 成無己(『注解傷寒論』):桂枝と甘草の辛甘の性質で風邪を発散して衛気を固め、附子と白朮の辛甘の性質で湿気を解して経脈を温めると解説している。
- 柯韻伯(『傷寒来蘇集』):本方は「桂枝附子湯」から生姜・大棗を去り、白朮を加えたものであると分析している。表の風湿が相搏っている状態のため引き続き桂枝を重用し、白朮と附子を少し減らしていると指摘。また、短気があるために、辛散して湿を泥む(停滞させる)生姜・大棗は適さないので去ったのだと述べている。
- 許宏(『金鏡内台方議』):附子を君薬として湿を除き風を去り経を温めて散寒し、桂枝を臣薬として風を去り衛を固め、白朮を使薬として湿を去り、甘草を佐薬として諸薬を助けるという、風を疎し寒湿を去る構成であると解説している。
- 王子接(『絳雪園古方選注』):本方を表裏を同時に治療する「両表両裏の偶方」と評価している。風が表に淫し、湿が関節に流れ、陽が衰え陰が勝っている状態に対し、白朮・附子で裏を顧みて湿に勝ち、桂枝・甘草で表を顧みて風を化すと述べている。特に「甘草」を処方名に冠しているのは、病が関節に深く入り込んでいるため、緩やかに薬を巡らせて徐々に救解する意図があると分析している。
- 銭潢(『傷寒溯源集』):風邪が表にあるため桂枝で汗をかかせ、湿邪が経にあるため白朮で土(脾)を助けて燥湿し、寒湿が関節に流れて痛み屈伸できない状態や小便不利に対し、附子で経を温め散寒すると詳述している。実質的には「桂枝去芍薬湯」に附子と白朮を加えたものであり、汗で風邪を解しつつ寒を駆逐して湿を燥かす処方であるとまとめている。
- 梅国強(『傷寒論講義』):風湿が筋肉を侵し風邪が表に偏る場合は「桂枝附子湯」、湿邪が裏に偏る場合は「去桂加白朮湯」を用い、風湿が関節を侵して風・湿がともに盛んな場合には本方(甘草附子湯)を用いると、関連処方との使い分けを明確にしている。
医案選録(名医の臨床カルテ)
この項目では、頑固な関節痛や、長引く発熱を伴う風湿の症状に対して本方を応用し、著効を得た3つの成功例が紹介されている。
- 劉渡舟の医案(激しい関節痛と心慌・気短)
- 42歳の男性。3年来の関節炎が最近悪化し、骨の関節がひどく痛み、手で触れることもできない状態であった。さらに動悸(心慌)や息切れ(気短)、胸の息苦しさを伴い、夜間に症状が重くなっていた。脈は緩弱で無力、舌は胖で嫩であったことから、「心腎の陽が虚し、寒湿が関節に留まっている」証と弁証された。本方に茯苓皮や薏苡仁を加えた処方を3剤服用したところ痛みが半減し、その後、桂枝去芍薬加附子湯などを経て、丸薬を用いて頑固な痺証を完治させた。
- 謝映廬の医案(風湿による全身の骨節痛)
- 風湿病を患い、全身の骨の関節が痛み、微汗が自然に出て小便が出にくい患者。初夏にもかかわらず厚着をしており、脈は大きく息が続かない状態であった。他の医師が「駆風利湿」の薬を用いてかえって悪化していたところ、謝映廬は「表も裏も虚しているため、単純な発汗や利水は危険である」と判断し、張仲景の法に従って甘草附子湯を投与した。わずか1剤で神のように効き、3剤で諸症状がすべて治癒したという例である。
- 李一立の医案(長引く発熱と肢体疼痛を伴う風湿)
- 50歳の男性。35日間発熱(37.5〜38.5℃)が続き、点滴や抗菌薬、解熱剤などの治療が無効であった。悪風寒、肢体の疼痛、口渇はあるが飲みたがらない、息切れ、発汗、全身の倦怠感、小便短少などが見られた。普段から酒を好み、酒を飲むと全身が楽になるという特徴があり、舌は淡で苔膩、脈は沈細であった。「風湿相搏」の証と診断され、本方(附片、桂枝、白朮、甘草)に茯苓を加えた処方を3剤服用したところ、病は全快した。


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