明日から広島へ向かう。目的は経方医学研究会への参加だが、私にとって今回の旅はもう一つの重要な意味を持っている。それは、理想のセルフイメージである「体重74kgの自分」として、3日間を過ごし切るというセルフ実験だ。
「Doing」から「Being」への転換
これまでのダイエットは、常に「痩せるために何かをする(Doing)」という、欠乏感に基づいたものだった。しかし、今の私は違う。「すでに標準体重である74kgの私」なら、この状況でどう選択するか、という「あるべき姿(Being)」から逆算して動いている。これは前回のダイエット成功例に基づいている。
かつて74kgを達成した時、それはゴールではなく、より筋肉質な肉体を目指すためのスタート地点だった。今回の広島行きは、その「スタート地点に立つ人間」としての振る舞いを再確認する旅になる。まあ、そのようにイメージする、ということである。
宴席を「戦場」から「表現の場」へ
最大の関門は、懐かしい面々と囲む懇親会の席だろう。美味しいお寿司とお酒。以前の私なら、アルコールによる自制心の低下に任せて「今だけは特別」と飽食に走っていたかもしれない。
しかし、74kgの私はこう考える。「この一皿は、胃を膨らませるための燃料ではなく、職人の技が詰まった芸術作品である」と。
- 「一皿入魂」の記録: iPhoneを手に、その日最も美しい一品を執念深く撮影する。食べるという「消費」を、撮るという「創作」にスライドさせる。
- 「六分目」の美学: 腹八分目ではなく、あえて六分目で箸を置く。その微かな飢餓感こそが、次のステージへ向かう身体の研ぎ澄まされた感覚だと定義する。
- 社交を主菜にする: 寿司を口に運ぶ回数よりも、言葉を交わす回数を増やす。目の前に出されたものを静かに、美しく頂く。
思考を「こねくり回す」デバイスの役割
移動中や滞在中のパートナーは、iPad mini 7だ。これは単なる閲覧用デバイスではない。音声入力で吐き出した断片的な思考を、Apple Pencilで赤入れし、自分の中に落とし込んでいく「思考の現像所」である。
研究会で交わされる古典医学の深い議論。それを「デジタル巻物」のようにジャーナルへ蓄積し、理想の自分ならこの知見をどう臨床に活かすかを、新幹線の車中でこねくり回す。この知的興奮があれば、安易な食欲が入り込む隙間などないはずだ。
勝利の定義
帰りの新幹線に乗った時、もし体重が増えていたとしても、私はそれを敗北とは呼ばない。
「74kgの自分にふさわしい選択ができたか?」
「一皿の美しさを、iPadの中に永遠に閉じ込めることができたか?」
「そして、志を同じくする仲間と、腹六分目の清々しさの中で語り合えたか?」
それらが満たされていれば、今回の広島遠征は、新しい自分への「合流地点」として完全勝利だったと言えるだろう。
いざ、理想の自分を迎えに広島へ。
いや、本来の目的は経方医学の交流なんですけどね。


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