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昇陥湯になぜ白朮は使わないのか

漢方医学

張錫純が創方した「昇陥湯」において、補中益気湯には含まれている「白朮」を使わない理由について、『医学衷中参西録』の記述および、「経方医学」のベクトル理論という2つの視点から詳しく解説する。

結論から言えば、最大の理由は「大気(胸中の気)のみが下陥しており、中気(脾胃の気)が下陥していない場合、黄耆と白朮を併用するとかえって『脹満(お腹の張り)』を引き起こす恐れがあるため」である。

以下に両者の視点から詳しく見ていく。

1. 張錫純(『医学衷中参西録』)の視点

① ターゲットとする「気」の違い

  • 補中益気湯のターゲット(中気下陥):
  • 李東垣が創方した補中益気湯は、脾胃(消化吸収機能)が虚弱になって生じる「中気下陥」を治療する。そのため、脾胃を健補する「白朮」が必要となる。
  • 昇陥湯のターゲット(大気下陥):
  • 一方、張錫純は、胸中に存在して呼吸を司る「大気(宗気)」が下陥する病態を提唱した。彼によれば、李東垣は大気下陥の証を中気下陥と誤認していたため、脾胃を健補する白朮を補中益気湯に用いたと指摘している。

② 白朮を抜く具体的な理由(耆朮併用の弊害)

張錫純は、「ただ大気のみが下陥して、中気が下陥していないのであれば、白朮は用いるべきではない」と明言している。

その理由は、大気下陥の病態において気分に鬱結(気の巡りの滞り)が潜んでいる場合があり、その状態で黄耆(生箭耆)と白朮を併用(耆朮併用)すると、気が塞がって「脹満(お腹がパンパンに張る症状)」を生じやすくなるためである。

昇陥湯では主薬として黄耆を大量(6銭〜)に使用するため、脾胃が虚していないのに白朮を合わせると、補う力が中焦に停滞してしまい、かえって弊害を生むと考えたのである。

③ 例外的に白朮を使うケース

昇陥湯は基本的に白朮を使わないが、張錫純は例外的な加減法も提示している。

もし、長引く下痢(泄瀉日久)などによる「中気下陥」が原因となって、それが結果的に「大気下陥」を引き起こしたようなケース(中気下陥と大気下陥の合併)においては、補中益気湯の意図に倣い、昇陥湯から熱を冷ます知母を去り、白朮を数銭加えるという対応も可能であるとしている。

【小括】

昇陥湯で白朮を使わないのは、病態の焦点が「脾胃(中焦)」ではなく「胸中(上焦)」にあるからである。脾胃が虚していないのに白朮を黄耆と併用すると、気機を詰まらせてお腹の張りを生むリスクがあるため、的確に胸中の大気だけを引き上げる目的で白朮が意図的に外されているのである。

2. 「経方医学(ベクトル理論)」の視点

張錫純が指摘した「黄耆と白朮を併用すると気が鬱結して脹満を起こす」という理由を、「経方医学」における生薬のベクトル(方向性)理論から読み解くと、非常に明確な力学的矛盾があることがわかる。

経方医学の視点から昇陥湯で「白朮」を使わない理由は、黄耆の「強力な上向きのベクトル」と、白朮の「上を抑えて下に向けるベクトル」が真っ向から衝突し、気を停滞させてしまうからである。

具体的には、それぞれの生薬の働き(ベクトル)は以下のように解釈される。

① 黄耆のベクトル(強力な上昇・外達)

経方医学において、黄耆は「肺気を補い宣散作用を高める」生薬であり、その結果として「胃・小腸の気を上方へ引き上げる」強いベクトルを持つ。昇陥湯は、極度に下陥してしまった胸中の大気(宗気)を、この黄耆の引き上げる力を最大限に利用して胸・肺へと持ち上げることを目的としている。

② 白朮のベクトル(上方への抑制と下降)

一方、経方医学における白朮の効能には以下の2つの特徴的なベクトルがある。

  • 守胃(上・外への抑制): 白朮は胃気を守る作用があるが、その方向性は「胃気を上方向・外方向への過剰なベクトルから守る(抑える)」というものであり、下方に向かう気は守らない(抑制しない)。
  • 利水(下降): 肌水や心下の痰湿を、心下→小腸→膀胱へと「下降させる」作用を持つ。

③ ベクトルの衝突と「脹満」の発生メカニズム

昇陥湯の標的である「大気下陥」において、気を強力に上方に引き上げたい(黄耆)局面で白朮を併用するとどうなるか。

白朮が持つ「気の上昇を抑え込む力(守胃)」や「下へ降ろす力(利水)」が、黄耆の「上へ引き上げる力」の邪魔をしてしまうのである。上下逆向きのベクトルが体内でぶつかり合う結果、気機(エネルギーの昇降出入)が中焦(胃や心下のあたり)で激しく鬱滞・停滞してしまう。

これこそが、張錫純が臨床で観察した「耆朮併用(黄耆と白朮の併用)によって生じる脹満(お腹のパンパンな張り)」の正体である。

④ 病理産物(水湿)の不在

さらに、白朮の本来のターゲットは「外殻(肌や肉)の湿」や「心下の水飲」である。大気下陥はあくまで胸中の「気」が落ち込んだ病態であり、中焦(胃や心下)に水飲や湿が溜まっているわけではない。さばくべき水湿が存在しないのに下降ベクトルを持つ白朮を入れることは、経方的には無意味に気を下へ向かわせる行為となる。

まとめ

経方医学の考え方では、昇陥湯は「下陥した気をひたすら上へ引き上げる(黄耆)」ことに特化した処方である。

そこに「気の上昇を抑え、下へ向かわせる(白朮)」を入れることは力学的な矛盾(ベクトルの衝突)を生み、かえって気の巡りを詰まらせてお腹を張らせてしまう。それゆえに、昇陥湯において白朮は厳格に除外されていると説明できるのである。

 

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