昇段審査を受ける方の相手を任された。
その方は遠方にお住まいで、なかなか稽古に来ることができない。以前数回お目にかかったことがあるが、残念ながら満足に型の手順もこなせない状態であった。
聞くところによると、その方は初段への昇段を望まれているという。先日の稽古で、先生から私に「その方の相手をして、昇段させてやってほしい」と頼まれたのだ。
その話を聞き、自分が初段に昇段したときのことを思い出した。
杖道に入門してすぐ、私はやる気を失っていた。恵まれた稽古環境がありながらも、サボり気味であったのだ。型の手順こそなんとなく把握していたものの、ただ漫然とこなすだけであった。
そんな折、私を指導してくださる先生から昇段を勧められた。「なぜ私のような者を昇段させようとするのか」と疑問に思いつつも、まずは記念のつもりで受けてみることにした。
そして、その昇段講習会で初めてお目にかかったM先生という方が、私の動きを見るなり「全然ダメだね」と、叱責とも呆れともつかない調子で、2日間にわたりみっちりと稽古に付き合ってくださったのである。
その甲斐あって、私は無事に初段へ昇段することができた。M先生には、四段となった現在に至るまで継続してご指導いただいている。それにしても、今回の希望者はどのような気持ちで昇段に臨むのだろうか。
私は現在、講習会の受講を年1回と定め、それを塩釜で受けることにしている。地元である盛岡の講習会は、実は昨日と今日の2日間にわたって開催されており、その最後に昇段審査が行われるのが習わしである。
私は1日目には参加せず、2日目である今日(日曜日)、病院での勤務を終えた午後から、通常の稽古の要領で合流する予定だ。当然、講習会費は納めている。
つまり、2日目の午後という極めて短い時間の中で、その昇段希望者と対峙して指導し、合格へと導かなければならない。
果たしてどうにかなるのだろうか。私が初段を受けた折に、M先生からみっちりと稽古をつけていただいた状況とは条件が異なる。
だが、「よし、待っていろ。なんとか全身全霊で、昇段できるように導こう」と腹を括った。
いざ、講習会へ。2日目の午後。
——その人は、いなかった。
聞けば、1日目の午前から姿を見せておらず、不在の理由は一切不明だという。
全身全霊で指導しようと意気込んでいた分、私は心の中で「なんでやねん。あははは」と思わず笑ってしまった。
次に彼に会った時には、「私も昔はサボり気味だったよ」と、大いに励ますつもりだ。
生きている限り、チャンスは幾度も来る。かつてサボりまくっていた私にも、それはやって来た。
ただ、それは私を支えてくれる先達がいて、その舞台を準備してくれていたからに他ならない。
今度は私が、この方のためにチャンスが幾度も訪れるよう、準備をする立場の人であり続けようと思う。


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