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ScrapboxでZettelKastenから解放?

情報管理

 『考え方の育て方 知的生産のデジタルカード法(倉下忠憲著)』を読了した。

 私はこの一年程度の我が身を振り返りながら読んできた。

 そこでまず衝撃を受けたのは、発想法と思考法を混同していたということ。これは昨日アップした。

 私はこれまでZettelKastenを意識していた。そしてZettelKastenの本体である、永久保存版メモが増えないという、もどかしさがいつもつきまとっていた。

 サボってるかといえばそういうわけでもないと思う。興味を持った情報や、文献は文献引用メモは結構増大している。

 永久保存版メモが増えない理由。それは結局のところ、既存の永久保存版メモの文脈ではその情報はどこに当たるかを意識しながら情報を集める、という注意事項があることに尽きる。

 しかし純粋に面白いと思って集めている情報について、既存のメモのどこに当たるだなんて、考えてられない。でも本は読んでいるから引用文献メモばかりが増えていくのだ。

 勿論文脈に沿わない内容を永久保存版メモに入れる方法もある。それは後ろに置くということだ。しかしやってみればわかるけど、新しいテーマが並ぶただのカオスのメモ群となる。そのカオス状態は、何か自分がサボっているのではないか。あるいは間違っているのではないかと思えてしまう。だからこのメモが増やせないのだ。

 ところがこの本で氏は『文脈を考えない』という。それを『脱文脈的』と表現されている。

 その上、カオス状態を保っておいて、着想があればまとめる。でもそのまとめとは複数カードをくくるなどせず(そもそもできない)、一つのカードとして置いておくという。

 氏ほど情報管理術に精通していて、ZettelKasntenを知らないはずがない。実際氏の公開ScrapboxにZettelKastenの記事もあった。だからこそであえ脱文脈的と記述して、Zetetlkstenとは違うのだよと釘を刺したのだろうと私は解釈した。

考えてみたら個々のアイディアや情報はそれを記述したその時、そもそもどこで使うか分からない。それはZettelkasntenの解説書『TAKE NOTES! ズンク・アーレンス著』にもそのような内容が書いてあった。

 Zettelkastenも、本書も目的は同じだ。成果物つまりより多くのプロダクトを生み出すことにある。どちらが勝つか。あるいはどちらが私に合うかが問題である。

 Scrapboxを試してみよう。

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