『経方方証縦横』における通脈四逆湯についてまとめる。
1. 方剤構成・服法と加減法
- 構成: 甘草(炙)二両(6g)、干姜三両(9g、体力の強い者は四両=12gまで可)、附子生用(大者一枚、8g)。
- 生薬構成の特徴: 四逆湯と同じ生薬(甘草・干姜・附子)であるが、干姜の量を増量(倍量)し、大きな生附子を重用することで、回陽駆寒の威力を極限まで高めている。
- 服法と加減法(症状に応じた極めて細やかな調整): 水三升で煮て一升二合を取り、二回に分けて温服する。服薬後に脈が戻れば治癒した証拠である。
- 面色赤(顔が紅潮する・戴陽):葱九茎を加える(通陽)。
- 腹中痛(腹部が痛む):葱を去り、芍薬二両を加える(脾絡を和らげる)。
- 嘔(吐き気):生姜二両を加える(胃気の上逆を散じる)。
- 咽痛(喉の痛み):葱を去り、桔梗一両を加える(肺気を宣通)。
- 利止脈不出(下痢は止まったが脈が出ない・亡血):桔梗を去り、人参二両を加える(気血・脈を補い復す)。
2. 弁証要点(証の要点)
- 基本病機: 体内に陰寒が酷盛し、そこから弾き出された虚陽が体表や上部に逃げ出している病態(陰寒内盛、虚陽外越/陰盛格陽)を治療する。治則は「破陰回陽、通達内外」である。
- 臨床での決定的な審証(要点):
- 下利清谷(食べ物が全く消化されず、そのまま水のように下痢する)。
- 手足厥逆・汗出而厥(手足を越えて四肢が氷冷し、冷や汗が出る)。
- 身反不悪寒(体内に激しい冷えがあるにもかかわらず、体が熱く感じられて衣服を着たがらない真寒仮熱の症状)。
- 面色赤(顔だけがぽっぽと紅潮して赤い=格陽・戴陽)。
- 脈微欲絶(脈が非常に細く、今にも消え入りそうになる)。
- 四逆湯との明確な鑑別:
- 四逆湯: 少陰の心腎陽虚・陰盛に対する基本方で、病状は比較的軽度である。
- 通脈四逆湯: さらに陰寒が酷く「格陽・戴陽(内熱や顔の赤みなどの真寒仮熱)」を呈し、脈が絶えそうな危急の重証に対する「大剤・重剤」である。
3. 仲景方論
張仲景の『傷寒論』において、本方が主治となる条文は以下の通りである。
- 第317条: 「少陰病、下利清谷、里寒外熱、手足厥逆、脈微欲絶、身反不悪寒、其人面色赤、或腹痛、或干嘔、或咽痛、或利止脈不出者、通脈四逆湯主之。」
- 第370条: 「下利清谷、里寒外熱、汗出而煩者、通脈四逆湯主之。」
4. 注家方論(歴代注釈家による考察)
歴代の医家たちは、四逆湯から干姜を倍量にして「通脈」と名付けた理由や、速やかに虚陽を引き戻すメカニズムを以下のように論じている。
- 成無己(『注解傷寒論』): 加減法に着目し、葱の辛味で陽気を通じさせ、芍薬の酸味で腹痛を和らげ、生姜で逆気を散じ、桔梗で咽痛の結びを散じ、人参で亡血による「利止脈不出」を補う理を詳しく解説している。
- 王子接(『絳雪園古方選注』): 本証は少陰の格陽(虚陽が外へ散って亡びようとする急証)である。一刻を争うため、干姜・生附子を重用して「奪門而入(門を破って直ちに入り込む)」して暗黒の冷えを打ち払い、甘草で姜附の猛烈な性質を留めて中宮を扶持する。さらに面赤に対しては葱白を配して営を行らせ脈を通じさせ、外越した陽気を内に迎えて引き戻す(迎陽内返)と述べている。
- 柯韻伯(『傷寒附翼』): 下焦が極度に虚し、四逆湯の量では絶えかけた脈を繋ぎ止められないため、生薬を倍量にして「大剤」とし、さらに葱を加えて通じさせる。葱は少陽の生発の機(陽気の芽生え)を促し、姜・附・参・甘の力を経絡の間に速やかに到達させて脈を速やかに復させる。
- 呉謙(『医宗金鑑』): 陽気を運行させるのが「四逆」、陽気を温補するのが「附子湯」、上下の陽を通じさせるのが「白通湯」、そして内外の陽を一気に通達させるのが「通脈四逆湯」であると整理している。一刻の猶予もない亡陽の際、緩やかな甘草を君薬にしていては間に合わないため、干姜を倍量にして一気に外陽を呼び戻す。
5. 医案選録(名医の臨床カルテ)
本方は、霍乱による激しい大吐下・ショック状態や、長引く下痢からきた「真寒仮熱」の危急例を起死回生させている。
- 肖琢如の医案(手足麻痺・喘急・大汗出に陥った極めて危険なケース): 60歳の男性。1ヶ月以上続く痰飲を病んでいたが、ある日突然、手足が麻痺し、息が苦しく(喘急)、喉から痰が激しく沸き上がり(痰涌)、声が出ず、体に微熱があって大量の冷や汗が泉のように噴き出した。脈は沈微、舌苔は白滑。これは陽気が散亡しかけている危急証である。まず姜汁を混ぜた黒錫丹を少しずつ喉に注ぎ込んで喘を抑えた後、翌朝に「通脈四逆湯に茯苓を重用した処方」(炙甘草6g、生附子6g(先煎2時間)、干姜1.2g、白茯苓24g)を投入した。3日服用させたところ病気は劇的に治まり、その後10余剤で完治した。
- 冉雪峰の医案(霍乱による激しい大吐下・脈微絶の救治例): 田某の若い嫁。霍乱(激しい感染性吐瀉)にかかり、半日の間に30回以上も激しく吐き下し、冷や汗が流れ、腹痛で引きつれ、声は消え入りそうになり、六脈は完全に触れなくなっていた(六脈全無)。冉雪峰は陰寒内盛の極致と判断し、通脈四逆湯を重用した処方(甘草5g、干姜18g、烏附24g)を処方し、頻繁に立て続けに服薬させた。一時は生気が絶えかけたように見えたが、手心にわずかな温もりが戻ったことを見逃さず、薬の量を調整しながら粘り強く服用させたところ、翌朝には脈が力強く戻って起き上がれるようになり、奇跡的に生還した。
- 滕捷の医案(1ヶ月続く下痢後の神昏・身発熱・面赤・脈微欲絶の「真寒仮熱」): 56歳の女性。1ヶ月前から未消化の下痢(下利清谷)が続いて衰弱し、ここ半日は意識が朦朧とし、手足は氷のように冷たく、にもかかわらず全身が発熱して服を脱ぎたがり、顔は真っ赤(面色紅)、脈は沈微で絶えそうであった。前医は熱証と誤診しかけたが、滕捷は「脈微欲絶と長引く下利こそが本質であり、全身の熱や赤顔は陰寒に弾き出された虚陽の暴走(陰盛格陽・真寒仮熱)である」と鋭く見抜いた。急いで通脈四逆湯(炙甘草6g、干姜6g、附子9g)を投与したところ、服薬後わずか3時間で意識がはっきりと戻り、体温も正常に戻って呼吸が安定し、お粥を食べられるようになって救われた。



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