私は普段から傷寒論や金匱要略は多読する。
勿論ただ読むわけではない。色々な読み方をする。もはや習慣化しているので何でこんなことしているんだろうと思いを巡らすとすぐに思い当たる。それが漢方の勉強方法だと師匠から習ったからだ。思えば今まで色々な読み方をしてきた。例えば、脈浮の方剤や芍薬と桂皮の量だけ追いかけたり。テーマが決まるととりあえずとりかかる。
東静漢方研究室最終号をじっくり読んでいる。尊敬する中川良隆先生の「やり終えたかった仕事、やり残した仕事」(東静漢方研究室最終号p156)を読んで、先生の漢方に対する枯れない思いが伝わるようであった。そこで、傷寒論が張仲景の思考実験で書かれた条文があるとの1文に出会った(同上p157)。ええ?んなわけないでしょう。傷寒論に限って妄想で書くわけないじゃん。
いや、中川先生が気まぐれでそんなことを言うはずはない。私よりずっと前からこだわりを持って条文に接してきた方である。だいたい、思考実験は妄想ではない。ただし私がやると妄想かもしれない。だいたい、アインシュタインも思考実験で論文を書いていたということを読んだことがある。思考実験とはあくまでも張り詰めるような理論的な条件下での想定で頭の中で変化を捉えていくことなのだろう。
だだしこれは思考実験かも、という傷寒論の読み方は難しい。何を以て思考実験と判断したのかを、中川先生のご著書や論文を再読しながら見つけてみたい。経方医学はまだまだ飽きないな。
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