『四川名家経方実験録』に収載されている「消化器・肝胆疾患(脾胃・肝胆系)」の名医たちによる代表的な症例(医案)について、病歴、病機、方剤、加減の方意、および具体的な配薬と用量(g数など)を詳細に示す。

1. 李恒明 案:半夏瀉心湯合左金丸加減による慢性糜爛性胃炎・食道炎(楊某、63歳男性)
- 【病歴】 1998年就診。主訴は胃脘部(みぞおち)の疼痛・膨満感、酸の逆流(反酸)、胸やけ(心下嘈雑)、心口の発熱感、吐き気、げっぷ(嗳気)。進食により症状が悪化する。口苦、口渇(飲水は少ない)、小便黄、大便正常。胃鏡(内視鏡)検査にて「食道下段粘膜糜爛、胃体・胃竇の浅表性糜爛型胃炎」と診断された。精神的焦慮が激しく、切除手術を懇願するほどの状態であった。舌質紅、苔黄、舌下静脈瘀紫、脈弦。
- 【病機】 中焦の寒熱互結、肝胃不和。憂思・郁怒により肝気犯胃を招き、久病化熱して胃熱を呈する一方、中焦に寒湿が交結して脾胃の昇降機能が失調した複雑な虚実錯雑・寒熱相兼の病態である。
- 【方剤】 半夏瀉心湯(『傷寒論』)に左金丸および半夏厚朴湯の意を合方して加減。
- 【処方(具体的な配薬と用量)】
- 法半夏 12g、黄芩 12g、川黄連 3g、泡参(沙参) 12g、呉茱萸 3g、香附 10g、白豆蔻 3g、薏苡仁 15g、敗醤草 15g、炒谷芽 15g、荷葉 18g、陳皮 10g、厚朴 12g(2日に1剤、水煎温服)。
- 【加減の方意】 半夏瀉心湯(半夏・黄芩・黄連・泡参・干姜の意)で辛開苦降を施し、中焦の寒熱互結によるつかえ(痞)を開く。黄連 3g + 呉茱萸 3g(左金丸の意)で肝火犯胃を清解し、反酸や口苦を抑える。香附・厚朴・陳皮・半夏(半夏厚朴湯の意)で疏肝理気・降逆化濁を図り、白豆蔻・谷芽・荷葉で和胃醒脾・昇清降濁を助ける。薏苡仁・敗醤草は胃腸の粘膜炎症・熱毒(糜爛)を清熱解毒して修復を促す。
2. 楊宣舒 案:大建中湯合理中湯・帰脾丸による慢性萎縮性胃炎(李某、44歳女性)
- 【病歴】 1984年3月10日初診。10年来、右上腹部痛を繰り返し(慢性胆嚢炎・胆石症の既往)、2年前に胃鏡で「慢性萎縮性胃炎」と診断された。ここ半年で症状が増悪し、病院の細胞診検査で「癌細胞疑い」と指摘された(本人には非告知)。面色晄白、形容憔悴、精神萎靡、体倦乏力、食欲極度不振(1日の主食摂取量は100g程度)、怕冷(寒がる)、脘腹部が冷えて綿々と痛み、食後膨満感、嘔悪・嗳気、大便稀溏(下痢傾向)、脈濡弱而緩、舌質淡、苔薄白。
- 【病機】 脾胃陽虚、中寒上逆(中焦の極度の冷えと陰寒の突き上げ)。
- 【方剤】 大建中湯(『金匱要略』)に帰脾丸を併用。
- 【処方(具体的な配薬と用量)】
- 初診(4剤): 花椒 9g(炒)、干姜 12g、党参 50g。
- 服法:水煎して400mlを取り、「飴糖 100g」を溶かし入れ、回数を定めず少しずつ終日頻々服(少量多次服)させる。
- 二診(1ヶ月): 初診方と同じ大建中湯の煎じ薬に加え、気血の損傷を補うため「帰脾丸 1丸(蜜丸)」を毎朝晩、湯薬で送服させた。後に丸薬(蜜丸)にして長期服用させ、癌疑いの所見を含め完治に至った。
- 【加減の方意】 花椒(純陽の品)で温中散寒・止痛を強め、干姜で脾胃の陰寒を温化し、党参(50gと重用)・飴糖(100g)で大補中気・甘緩和中を施す。本症例のような重度の脾胃衰弱に対し、大建中湯を「少量多次服」させることで胃に負担をかけずに薬力を浸透させた。二診で帰脾丸を加えたのは、久病による気血の著しい大損に対し、心脾を養い気血の生化の源を速やかに回復させるためである。
3. 呉一箪 案:半夏瀉心湯加味による十二指腸炎・胃腸神経官能症(劉某、34歳女性)
- 【病歴】 2001年5月8日初診。2年来、みぞおちの膨満感・微痛、焼灼感(按ずると軟)、食欲不振、嗳気(腐敗臭のするゲップ)、倦怠乏力、少気頼言、面色不華、腸鳴・便溏(日2〜3回)を繰り返していた。胃鏡検査で「慢性浅表性胃炎合併十二指腸炎」と診断された。舌苔は微黄で厚膩、脈は弦滑。
- 【病機】 湿熱の胃への留阻、気逆不降、脾陽虚損による清気不升、寒熱互結・昇降失調。
- 【方剤】 半夏瀉心湯(『傷寒論』)加味。
- 【処方(具体的な配薬と用量)】
- 初診(3剤): 法半夏 15g、黄芩 15g、黄連 10g、党参 15g、炙甘草 6g、干姜 12g、大棗 15g、煅牡蛎 30g、陳皮 12g、茯苓 15g。
- 二診(12剤): 食後のだるさ・口淡・舌苔厚膩(脾が湿邪に困する兆候)が出現したため、初診方に「蒼術 12g」を加え、湿を燥乾して健脾を図り、諸症を完治させた。
- 【加減の方意】 半夏・干姜で胃の気逆を降ろして脾寒を温め、黄芩・黄連で胃熱を清解し、党参・甘草・大棗で中気を補う(辛開苦降・平調寒熱)。加味した煅牡蛎で制酸和胃・胸やけを鎮め、陳皮・茯苓で理気化滞・健脾滲湿を強化した。二診の蒼術は中焦の粘りつく湿濁を一気に乾かす工夫である。
4. 余国俊(江爾遜伝) 案:真武湯加胡芦巴による少陰臍痛(徐某、58歳男性)
- 【病歴】 1985年12月15日初診。1ヶ月余り、臍部中央(臍中)に持続的な隠痛があり、温めたり押さえたりすると和らぐ(喜温喜按)。艾灸や炒り塩の温熱パックで一時しのぐも再発を繰り返した。烏梅丸や附子理中湯を服用しても改善しなかった。平素から寒がりで、秋口に屋外の茅草屋根の番小屋で風寒に遭い、さらに失火による大驚恐を経験した後に発症した。面色少華、手足逆冷(氷のように冷たい)、腸鳴・便溏、舌質淡、苔白滑、脈沈遅。
- 【病機】 腎陽虚衰、寒凝神闕(少陰の寒凝による臍痛)。へそ(神闕穴)は少陰腎経に深く関与する。附子理中湯は脾陽を温めるのが主であるため力及ばず、少陰の寒凝を解く真武湯が必要であった。
- 【方剤】 真武湯(『傷寒論』)に胡芦巴を加味。
- 【処方(具体的な配薬と用量)
- 熟附片 30g(先煎1時間)、生白術 15g、茯苓 15g、白芍 12g、生姜 15g、胡芦巴 30g(3剤で痛みが完全に消失)。
- 【加減の方意】 真武湯(附子・生姜・白術・茯苓・白芍)で腎陽を温補して気化を促進し、寒凝を散じる。附子と白芍の配伍は「温陽破積・斂陰和陽・緩急止痛」の妙薬となり、少陰腹痛(臍痛)の病機に合致する。名医・陳鼎三から江爾遜へと伝わる特効生薬「胡芦巴 30g」(苦大温、無毒)を重用することで、下焦・元臓(腎)に潜む深部の虚冷の気を強力に駆出・温通させた。
5. 張玉龍 案:黄土湯加減による十二指腸潰瘍出血・柏油様便(李某、46歳女性)
- 【病歴】 2002年3月2日初診。十二指腸球部潰瘍の既往がある。半月前に吐血して入院し、西洋薬で吐血は止まったものの、真っ黒な柏油様大便(黒便)が持続し、便潜血反応陽性が続いていた。神疲頼言、面色萎黄、眼瞼浮腫、脘腹部膨満感、食欲不振、小便清長、四肢不温(手足の冷え)、舌質淡、苔薄白、脈沈細而弱。
- 【病機】 脾胃虚寒、統摂無権(中陽不運による遠血・下血)。
- 【方剤】 『金匱要略』黄土湯加減。
- 【処方(具体的な配薬と用量)】
- 伏龍肝 100g(先煎)、干生地黄 20g、白術 10g、制附片 10g、阿膠 15g(烊化)、黄芩 15g、人参 20g、甘草 6g、白及 20g(研末衝服)。
- 【加減の方意】 黄土湯の主薬である伏龍肝(竈心土 100g)で温中・渋腸・止血を図り、附子・白術で脾腎の陽気を温めて統血機能を回復させる。生地黄・阿膠で亡血による陰液損傷を滋養止血し、黄芩を反佐として加えて附子の温燥を行き過ぎないよう制約する。人参(20g)を加えて益気摂血の力を高め、白及(粉末20gを薬液で服用)で潰瘍面の粘膜を直接保護・収斂止血させた。
6. 馬烈光 案:鼈甲煎丸加味による乙型肝炎後肝硬変腹水(黄某、47歳男性)
- 【病歴】 1989年2月17日初診。20年来のB型肝炎(小三陽)の病歴がある。半年前から腹張(腹部膨満)を自覚し、3日前から悪寒発熱ののち低熱、目黄・尿黄が出現した。身体消瘦、精神萎靡、声低微、腹脹如鼓(太鼓のように腹部が膨満)、四肢浮腫なし、面色黧黒(黒ずむ)、白睛黄染、小便黄、夜間骨蒸潮熱。体温38℃、ALT 375U/L、AST 258U/L、超音波検査で肝硬変・門脈径3cm・大量の腹水を認めた。舌体瘦小・瘀暗、苔黄厚膩、脈弦細。
- 【病機】 肝腎陰虚、気血瘀阻、水湿内停、瘀熱以行(気滞・血瘀・水停が複合した難症)。
- 【方剤と治療過程の詳細】
- 一診(8〜11剤):急則治其標(黄疸と腹水の緊急処理)。 成薬の鼈甲煎丸 6g(1日3回)を内服させつつ、湯剤として茵陳五苓散 合 大黄硝石湯加減(茵陳 30g、金銭草 30g、郁金 30g、莪術 15g、三稜 15g、猪苓 15g、茯苓 20g、沢瀉 30g、白術 15g、梔子 15g、黄柏 15g、酒大黄 10g、玄明粉 15g、生甘草 10g)を投与し、黄疸と急性の腹水を退かせた。
- 二診(長期服用処方):緩則治其本(蜜丸にして9ヶ月長期服用)。 黄疸消退後、肝腎陰虚・気血瘀阻の根本に対し、鼈甲煎丸原方に滋補肝腎薬を加味して蜜丸(1丸5g、1回1丸、1日3回)を作成・継続投与し、腹水を完全消失させ、門脈径を1.8cmまで収縮・正常化させた。
- 【二診・蜜丸の具体的な配薬と用量】: 鼈甲膠 180g、阿膠 45g、露蜂房 60g、鼠婦虫 45g、土鼈虫 74g、蜣螂 90g、赤硝 180g、柴胡 90g、黄芩 45g、半夏 15g、党参 15g、干姜 45g、厚朴 45g、桂枝 45g、白芍 74g、射干 45g、桃仁 30g、牡丹皮 74g、大黄 45g、凌霄花 45g、葶苈子 15g、石韋 45g、瞿麦 30g、灶灰 100g、枸杞子 50g、女貞子 30g、熟地黄 20g、莪術 30g、三稜 30g、沢瀉 60g。
- 【加減の方意】 一診では「急なればその標を治す」の原則に従い、鼈甲煎丸で肝絡の血瘀を緩解させつつ、茵陳五苓散と大黄硝石湯の合方で湿熱を下走させて速やかに利水・退黄を図った。二診では「緩なればその本を治す」に基づき、鼈甲煎丸に枸杞子・女貞子・熟地黄などの滋補肝腎薬を加えて蜜丸とし、正気を損なうことなく長期的に癥瘕(肝硬変の結節・線維化)を軟堅散結・活血化瘀させた。
7. 劉宗玉 案:大黄䗪虫丸による肝炎後肝硬変(李某、62歳男性)
- 【病歴】 2004年1月13日初診。B型肝炎歴6年、肝硬変歴2年。ここ20日間、眩暈、全身倦怠感、腹脹、食欲不振を自覚。腹部膨隆、触診にて脾臓を肋下5cmに触知(脾腫大)。アルブミン 27g/L、グロブリン 35g/L(A/G比 0.77)。超音波検査にて肝内エコー粗鬆化、門脈径 1.5cm、脾厚 5.7cm(腹水なし)。舌質瘀暗、脈沈渋。
- 【病機】 湿熱疫毒の久留、肝失疏泄、瘀血内停、経絡阻塞(血瘀化積)。
- 【方剤】 大黄䗪虫丸(『金匱要略』成薬丸剤) + 健脾益腎清熱湯剤。
- 【処方と治療プロトコル】
- 大黄䗪虫丸: 1回2丸、1日2回(朝・晩)を10日間連続内服。
- 間注湯剤: 続く5日間は湯剤(半枝蓮、茵陳、梔子で清熱化湿、郁金・枳殻・香附で疏肝、党参・山薬・薏苡仁・白術・茯苓・黄芪で健脾、六味地黄丸で益腎)を内服。
- この「10日間の丸剤 + 5日間の湯剤」の15日間を1クールとし、計12クール(約6ヶ月)継続した。結果、アルブミンは42g/Lに上昇、A/G比は1.8と正常化し、門脈径および脾腫大が著明に縮小して臨床治癒に至った。
- 【加減の方意】 大黄䗪虫丸中の虫類生薬(䗪虫、水蛭、虻虫、蛴螬)と破血生薬(大黄、桃仁、干漆)が、肝臓深部の固定化した瘀血や結合組織(線維化)を緩やかに駆除(緩中補虚・化瘀散積)する。これに健脾益腎の湯剤を交互に挟むことで、正気を傷つけることなく「邪去りて正自ずから安し」の治療目的を達成した。
8. 李培 案:半夏瀉心湯加減による慢性浅表性胃炎(周某、48歳女性)
- 【病歴】 1999年10月28日初診。胃脘の膨満感が半年余り持続し、胃鏡で「慢性浅表性胃炎」と診断された。食後に膨満感が増強し、温罨法(温熨)で軽快する。口苦、食欲低下、倦怠乏力、小便清長、大便正常。舌体胖、色淡、舌尖紅、苔白、脈濡。
- 【病機】 胃虚気滞、寒熱錯雑(寒重于熱)、虚実並見。
- 【方剤】 半夏瀉心湯(『傷寒論』)加減。
- 【処方(具体的な配薬と用量)】
- 初診(3剤): 法半夏 15g、干姜 10g、黄芩 15g、黄連 4g、陳皮 10g、厚朴 10g、党参 30g、大棗 10g、炙甘草 6g。
- 二診(15剤): 膨満感が軽減したため、脾陽をより強力に温めるべく「干姜を 20g に増量」して継続内服させ、完全治癒に導いた。
- 【加減の方意】 半夏・干姜で辛開散結・温脾散寒し、黄芩・黄連で苦降瀉熱(口苦や舌尖紅の熱象を清解)を施す。党参(30gと重用)・大棗・炙甘草で「塞因塞用」の理に基づき脾胃を補益して運化を鼓舞する。加味した厚朴・陳皮で中焦の気滞を除き、膨満感の解消を促した。
9. 李培 案:葛根芩連湯合四逆散加減による潰瘍性結腸炎(夏某、35歳男性)
- 【病歴】 2003年6月28日初診。慢性非特異性潰瘍性結腸炎の病歴3年。仕事のストレス増加により下腹部痛が発作性に生じ、頻回の便意、排便不爽・裏急後重、鮮血混じりの粘稠膿血便(日5〜8回)、身熱、口渇、小便短赤を呈した。舌紅、苔微黄、脈沈弦。
- 【病機】 腸道湿熱、兼肝鬱気滞(湿熱と肝鬱が交錯した下痢・血便)。
- 【方剤】 葛根黄芩黄連湯 合 四逆散(『傷寒論』)加減。
- 【処方(具体的な配薬と用量)】
- 葛根 20g、柴胡 15g、黄芩 10g、黄連 8g、黄柏 10g、枳殻 10g、厚朴 10g、白芍 15g、当帰 10g、炙甘草 6g(3剤で膿血便・裏急後重が消失、二診3剤で完治)。
- 【加減の方意】 葛根芩連湯(葛根・黄芩・黄連・甘草)で大腸の湿熱を清解し、昇清止利を図る。四逆散(柴胡・枳殻・白芍・甘草)でストレスによる肝鬱を和らげ、少腹(肝経)の気滞疼痛と裏急後重を止める(「調気すれば後重自ずから除く」)。加味した黄柏で下焦の湿熱清解を強化し、厚朴で腹脹を去り、当帰で和血活血して「行血すれば便膿自ずから癒ゆ」の法則を全うさせた。


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