「第二の脳」や知的生産の仕組みとして知られるZettelkasten(ツェッテルカステン)。
社会学者ニクラス・ルーマンの圧倒的な執筆量を支えたこのシステムに憧れ、試行錯誤を繰り返してきた人も多いのではないだろうか。
筆者もその一人であった。しかし、そのZettelkasten遍歴は決して一直線ではなかった。一度はObsidianで厳密な運用を目指して挫折し、OneDriveなどのクラウドストレージへ退避して「保管庫」として運用し、そして再びObsidianへと戻ってきたのである。
今回は、「なぜ一度離れ、なぜクラウドストレージから再びObsidianへ移行したのか」「実際に移行してみてどうだったのか」を、率直な体験とともにお話しする。

1. 挫折の原点:ルーマン原理主義と「ナンバリングの呪縛」
最初のつまずきは、ルーマンのやり方を忠実にデジタルへ持ち込もうとしたことであった。
書籍などを参考にし、「2」と「3」の間にメモを差し込むために「2a」「2b」とタイトルに枝番号を振る……いわゆる手動ナンバリング(採番)に熱中したのである。
当初は「デジタルツールでここまで忠実にルーマン式を再現している人は少ない」という自負もあった。しかし、メモが増えるにつれて採番作業はただの重荷になり、やがてメモを取ること自体が億劫になってしまった。
知識が記録されずに消えていく虚無感から逃れるため、一度Obsidianの運用をOneDriveなどのクラウドストレージ上に移し、ドキュメント主体の管理へ逃がすことにした。
2. クラウドストレージ時代:「図書館」ではなく「工場」を目指して
クラウドストレージに退避した際、考え方を根本から改めようとした。
「綺麗な図書館を作るのではなく、乱雑でも成果物を生み出せる『工場』を作ろう」
・アイデアの種は、手軽なメモアプリや手書きで捕獲する ・ドキュメントには、自分の考え、文献引用、成果物といった実用的な接頭辞をつける ・引用の手間を省くため、書籍や論文はスクリーンショットで貼り付ける
この運用は「入力の手間を減らし、原稿を書く」という点では一定の成果を上げた。
しかし、しばらく運用を続けるうちに、決定的な物足りなさに直面した。「メモが孤立し、過去の自分との対話が生まれない」ということである。
フォルダや検索窓から探すことはできても、以前書いた別の概念と偶然つながったり、思わぬ文脈が立ち上がったりする偶発的な発見が、フォルダ構造では起きにくかったのである。
3. Obsidianへの再移行で変えた運用ルール
そこで再びObsidianへ環境を戻す決断をした。最初の失敗を踏まえ、運用ルールを大きく見直した。
(1)ナンバリングを完全廃止し、バックリンクを信頼する デジタルにおいて文脈をつなぐのは番号ではなくリンクである。Obsidianなら言葉同士を直接リンクで結びつけられる。ナンバリングの呪縛から解放されたことで、メモを書く心理的ハードルは劇的に下がった。
(2)バックリンクが10個を超えたとき、ノートは「ハブ」になる 1つの概念に対して意識的にリンクを集めていくと、リンク数が10個を超えたあたりから、そのノートが自然と複数の文脈を束ねる「思考のハブ」へと育っていく。過去のメモが顔を出し、現在の執筆テーマと対話を始める感覚が戻ってきた。
(3)デイリーノートを「リンク付き走り書きノート」にする 個別に走り書きメモ(フリーティングノート)を作って整理するのは負担になる。そこで「走り書きノートそのものをデイリーノートにしてしまえばいい」と割り切った。 日々の気づきや読書メモをデイリーノートに書き留めつつ、キーワードにリンクを貼っておく。後日「あの時どう考えたか」を手繰り寄せる手がかりを残すことで、知識の死蔵を防げるようになった。
4. 実際の「移行作業」はどうだったか?——実は、ほとんどしていない
さて、今回のテーマである「OneDriveからObsidianへの移行作業はどうだったか」であるが、結論から言うと、移行作業らしい作業はほとんどしていない。
最初は「OneDriveにある過去のZettelkastenデータを、どうやってObsidianの形式に合わせて移そうか」と考えた。しかし、途中でやめたのである。
過去のファイルをひとつずつ開き、リンクを整え、形式を揃え直す作業に、それほど創造性を感じなかった。 そんなことに貴重な時間を使うくらいなら、「今、自分が本当に興味がある新しい知識」を調べ、まとめていく時間に充てた方が圧倒的に楽しいからである。
過去のメモが必要になったら、その時に古いフォルダごと検索すれば十分である。必要があれば、検索して見つけ出すことができる。「過去のデータを完璧に引っ越さなくても、今日から新しい環境で書き始めればいい」。この割り切りこそが、移行において最大の収穫であった。
5. 課題と今後の展望:マルチデバイス同期の改善
現在の運用で唯一残っている課題は、Mac、iPad、iPhoneをまたぐマルチデバイスでの同期環境である。
いまはiCloud Driveを利用して無料で同期を行っているが、端末間での同期ラグや設定読み込みなど、時にコンフリクト(競合)に気をつかう場面がある。 この点については、今後Obsidianの使用頻度が高まってきた段階で、公式の有料サービス「Obsidian Sync」への移行を前向きに考えている。
実は今年で長年使っていたEvernoteをやめたため、予算的にもちょうど余裕ができた。同期の快適さを手に入れるだけでなく、「データをユーザー自身の手元に残す」というObsidianの開発思想を応援したいという気持ちもあるため、機を見て有料会員へステップアップする予定である。
6. まとめ:あちこち飛んでも、「今、興味があること」に集中する
今回、ObsidianからOneDriveへ逃げ、またObsidianへ戻るという「行ったり来たり」を経験して学んだことがある。
Zettelkastenの本質とは、厳密なルールを守ることでも、綺麗なノートの体系を作り上げることでもなかった。 多少あちこち寄り道したとしても、入力と出力の敷居をとことん低くして、「その場その場で、自分が本当に興味があること」に集中できる態勢を整えること。これに尽きる。
過去のデータの引っ越しに追われる必要はない。 形式の整理にエネルギーを奪われるくらいなら、今日一番気になるテーマについて、ひとつのリンク付きメモを書くことから始めてみるべきである。



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