それはいきなり来た。
これは動悸だ。その動悸と共に胸の奥が痛む。ずんずんずん、と重い響き。しばらくじっと落ち着いていると収まるが、また始まる。
狭心症、心筋梗塞、動脈瘤、食道痙攣、上腸間膜動脈閉塞あるいは解離……。医師として、様々な鑑別診断が頭をもたげる。
それにしてもこれは変だ。よりによって今日から病院勤務の再開、しかも発熱外来の担当日である。私が行かねば皆が困る。
ともかく病院へ行こう。そこには循環器内科医もいる。万が一「ヤバい」状況になれば、そこで診てもらえばいい。
痛みの持続時間は短い。冠動脈疾患であったとしても、これならば心筋梗塞は否定してよいだろう。一番恐ろしいのは動脈瘤だ。まずは血圧を下げねばならない。つまり、落ち着くことだ。ひーひーふー。
呼吸を整えると、少し収まった。時間があるときに胸腹部CTでも撮ることにしよう。
ところが、だ。
現場に着くと、発熱外来は猛烈に忙しかった。次から次へと患者さんがやってくる。最初は作り笑顔で対応していたものの、そのうち「ノッて」きてしまい、痛みを忘れて没頭していた。あまりに忘れすぎて、定刻には離院してしまった。
ああ、CTを撮るのを完全に忘れていた。
帰りの新幹線の中で、改めて自分の症状を振り返る。未だ少し、痛む。

これがもし動脈瘤ならば、仕事中の血圧上昇と共にもっと悪化していたはずだ。いったん痛み出して、これほど症状が消失することは考えにくい。狭心症や上腸間膜動脈疾患も同様だろう。
これから杖道の稽古がある。さて、どうするか。
ふと、ある思いが頭をよぎる。
「いや、かっこいいぞ」
杖道の稽古中に病に倒れ、そのまま逝く。俺、それはすごくかっこいいのではないか!
そう思うと妙に喜び勇んでしまい、そのまま盛岡市武道館へと向かった。「今年もよろしくお願いします」と晴れやかに挨拶をして回った。
結果だけ言おう。
それから今の今まで全く症状は出ていない。
あれは多分、一過性の食道痙攣だったのだろう。



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