経方医学では、「温病学説について」や「温病について」といった項目において、温病に関する独自の解釈や特徴的な考察が展開されている。主な記述は以下の4点に整理できる。
- 衛分証と気分証の再定義
葉天士の衛気営血弁証における「肺の衛分」と「肺の気分」の区別には根拠がないと指摘している。経方理論の立場からは、口・鼻から入った温邪が「鼻・咽喉・胸」の部位まで展開したものを「衛分証」とし、「肺」にまで入ったものを「気分証」と区別するのが論理的であると再定義している。衛分証では、胸の昇降出入が失調するために肺の宣散・粛降がうまくいかず、咳や微悪寒が出現するとしている。
- 温病に対する処方と生薬の考え方
口・鼻から入る温病に対する『傷寒論』の原型処方として、咽の病変には「桔梗湯」、胸の病変には「梔子豉湯」を挙げている。温病の代表処方である銀翹散についても、金銀花・連翹で鼻・咽喉・胸の風温邪を清し、薄荷・豆豉で肺気の宣散を高め透表することで、肺の宣散粛降を回復させる処方であると経方的に解釈している。
また、薄荷のような『傷寒論』の時代になかった生薬も有用なら大いに使うべきとする一方で、麻黄の代用として浮萍(ウキクサ)を使うような温病のやり方には疑問を呈し、「温病であっても麻黄をうまく使う方が効果的である」と主張している。
- 伏気温病説の否定
「冬に受けた微細な寒邪が潜伏し、春や夏になって温病として発症する」という従来の「伏気温病説」には無理があると指摘している。実際には、冬に精を蔵さず「陰虚内熱」の状態にある人が、春夏の気候(天の陽気)によって内熱が亢進して実熱に転化するか、あるいは新たな外邪(新感)に触発されて実熱となったものであり、伏気と考える必要はないと結論づけている。かつて伏気温病と呼ばれていたものは、明らかな外邪(表証)がないのに発熱する「真陰の損傷のある少陰の大承気湯証」などの内傷による病証であったと推測している。
- 風温邪の伝変解釈
『傷寒論』第134条の病態について、狭義の傷寒や中風ではなく、温病系の表証であると解釈している。風温の邪が肌に侵入して邪正闘争が起き、肌熱を生じて発熱すると説明している。また、痙病の病理においても、風寒邪は速やかに化熱して深いところへ進むのに対し、風温邪は最初からその熱性を保ったまま外殻の深いところ(筋・肉)へ進入すると述べている。
やはりこれらの解説を見る限り、師は温病について意識するに値していたと言って良い。師はこの後さらに学習の機会を失っているので、改訂は望めない。質問にも答えてはくれない。あくまでもこの時点でのご意見を、私の理解出来うる範囲で受けとめることにする。
ところで、上記4の『傷寒論』第134条について、『温病縦横』の枠組みに照らし合わせると、これは「温熱病」と解釈できる。
本文を見てみよう。
傷寒論134条
太陽病,脈浮而動数,浮則為風,数則為熱,動則為痛,数則為虚。頭痛,発熱,微盗汗出,而反悪寒者,表未解也。医反下之,動数変遅,膈内拒痛,胃中空虚,客気動膈,短気躁煩,心中懊憹,陽気内陥,心下因鞕,則為結胸。大陥胸湯主之。(以下略)
(意訳)
太陽病にかかると、脈は浮、動、数を示す。これは、浮は風邪、数は熱、動は痛み、そして数は虚を意味する。頭痛、発熱、わずかな寝汗がありながら、悪寒がある場合、これは病邪がまだ体表にあり、治りきっていない状態である。にもかかわらず、医師が誤って下法を使ってしまうと、脈の動数が遅い脈に変わり、膈内が激しく痛み、胃の中は空虚になり、邪気が膈を動かすことで、息切れ、躁煩、胸のあたりが悶々とする不快感が生じ、陽気が内陥し、心下が硬くなる。その結果、結胸となる。この結胸を治療するには、大陥胸湯を用いる(以下略)。
経方医学における第134条の解釈と、『温病縦横』における温病の分類を照らし合わせることで、以下の通り邪の伝変が明確化する。
- 経方医学における第134条の解釈(風温の表証)
経方医学では、第134条の病態(頭痛、発熱、微盗汗出、反って悪寒するなど)について、通常の傷寒証や中風証とは異なると指摘している。その上で、これを「風温の邪」が肌に侵入して生じた「風温の表証」であると明確に解釈している。病邪が温性であるため、寒邪のように化熱の過程を経るのではなく、最初から「肌熱」を生じ、その熱が胸・膈・心下に及ぶことで症状が現れると説明されている(経方医学4 p23〜)。
- 『温病縦横』における「風温」の位置づけ
一方、『温病縦横』において「風温」は、春季に風熱邪気を感じて発症する新感温病として定義されている。さらに、温病全体を病変の性質によって「温熱病」と「湿熱病」に二分する分類において、風温は春温や暑温などとともに広義の「温熱病」の範疇に分類される。よって衛気営血弁証が適用される。
『温病縦横』の理論を用いれば、同条文を以下の通りに説明できる。
- 初期症状:温熱邪気による「衛分証」
第134条の初期症状は、「脈浮動数、頭痛、発熱、微盗汗出、反って悪寒する」という状態である。
- 衛分への侵入と邪正闘争:温病学では、風温のような温熱邪気はまず人体のバリア機能である「肺衛(衛分)」を犯すと考える。脈が数であり、発熱や頭痛が生じるのは、温熱邪気が最初から熱性を保ったまま衛分で激しい邪正闘争を起こし、熱が上に昇っているためである。
- 肺衛の機能失調による悪寒:温熱病の初期(衛分証)は発熱が重く悪寒は軽いのが特徴である。第134条で「反って悪寒する」とあるのは、風温の熱邪が衛分(肌)で熱を生じ、それが胸に及んで肺の宣散機能を妨げた結果、皮の衛気が減少して悪寒が生じている状態であり、まさに衛分証の病理そのものである。
- 誤下後の症状:邪熱の内陥による「気分証」
この状態を誤って攻下(下剤を使用)すると、「脈が遅に変わり、膈内拒痛、短気、燥煩、心中懊憹し、心下が硬くなる(結胸)」という状態に進行する。
- 衛分から気分への内陥(横の伝変):誤下によって正気(胃気など)が傷つき、体表(衛分)にあった温熱邪気が、一気に内部の機能的な層である「気分(胸・膈・心下)」へと陥没する。衛気営血弁証が示す「横の伝変(浅いところから深いところへの波及)」が人為的に引き起こされた状態である。
- 気分証としての結胸と熱郁胸膈:『温病縦横』の気分証の分類には、「熱が胸膈に鬱滞する証(熱郁胸膈)」や「痰熱結胸」が含まれている。第134条の「燥煩」や「心中懊憹(胸がムカムカして悶える)」という症状は、気分の熱が胸膈に鬱滞して気機を塞いでいる典型的な気分証の症状である。さらに熱邪が内部の水分と結びついて「心下が硬くなる(結胸)」のも、気分における痰熱の結聚として説明される。
まとめ
経方医学が第134条の病態を「風温」によるものと特定している以上、『温病縦横』の体系に当てはめれば、それは湿熱病ではなく「温熱病(風熱邪気による病態)」となる。
この解釈を用いることで、なぜ第134条の病態において化熱の過程を経ずに急速に熱症状(肌熱など)が進行するのかが、経方医学と温病学の両方の視点からすっきりと理解できる。
これから『温病縦横』を読み進めていく上で、こんな感じにすっきりと読めれば良いなと思う。


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