私は毎晩、必ず夢を見る。
夢というのは、見ようと思って見られるものではないと人は言う。しかし私の場合は見られるのである。とはいえ、「自分の意志で夢の世界をコントロールする」というのとは少し違う。特定のルーティンを経ることで、向こうから勝手に夢がやってくるのだ。
その方法は至極簡単である。
まず、夜寝る際、アイマスクをすぐに装着できるよう額につけておく。ちょうどサングラスを額にかけるような感覚をイメージしてほしい。
次に、手持ちのKindleを用意する。Kindleはカラー表示ではなく、昔ながらの白黒の電子ペーパー端末が適している。そして、部屋の明かりは豆球にしておく。手元のリモコン等で、寝転がったまま簡単に調光できる環境があればなお良い。
準備ができたら横になり、そのまま読書を始める。
ここで選ぶ本は、「少し難しめの内容」が最適である。現在私が読んでいるのは『超越する知性』という本だが、この「適度に難しい」というのが一つの鍵になる。全く歯が立たないほど難解すぎると、そもそも読む気が失せてしまうためお勧めしない。
適度な知的負荷をかけながら読み始めると、ほんの数分でふうっと夢の情景が目の前に浮かび上がる。
夢の内容は不思議なものだ。面白いことに、読んでいる本とは全く無関係な情景がさっと入ってくるのである。
活字を追いかける状態から意識が離れた瞬間に、その隙間を縫うように夢が入り込んでくるのか。それとも、夢を見るための思考と、本を読むための思考が頭の中で並列しているのか。ただ、それらが同時に並行して機能しているとは到底思えない。
論理的な文字を追う状態から、脈絡のない夢のイメージへと切り替わる瞬間。それはつまり、読書という行為そのものが、知識を得るためではなく「夢を呼び込むための儀式」として機能していることに他ならない。
「あ、今Kindleの文章を追っていなかったな」
そう気づく瞬間が訪れる。すかさず豆球を消し、額のアイマスクを下ろして両目を覆う。すると、すぐさま深い眠りに落ちていくのである。
今夜もまた、私は豆球の明かりの下でアイマスクを額に載せ、静かに本を開き、夢をいざなうのである。



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