これから経方医学の視点で本書『温病縦横』を読み解くに当たり、備忘録として書き記しておきたい。実は、著者の思いや本書を執筆するに至った理由は、冒頭に明確に述べられている。
私自身の温病に対する理解は非常に中途半端であり、到底十分とは言えない。とはいうものの、実は師匠の元で最初に手にした中国の医学古典が『温病条弁』であった。この書を通じて先輩医師から中国語の医学書の読み方を教わった。しかし、読んだからといって真に身についたわけではなく、その後の臨床において温病に関わるのは対症療法的なアプローチに留まり、「あれは何だったか」と思い出せない時に紐解く程度であった。
勿論、師は温病について一通り精通しておられた。しかし、師の姿勢としては、その内容を一定程度参照しつつもどっぷりと浸かることはなく、ある種の距離を置かれているご様子であった。実際の著書の中にも、その距離感を感じさせる記述が見受けられる。
以前、ある有能な漢方医が「『温病縦横』を読む」と題して、SNSで本書の内容を紹介していた。当時は「勉強熱心な方だな」と横目に見る程度であった。残念なことに私自身、経方医学の目から東洋医学を深く見つめるほどの知識を当時は持ち合わせていなかったのである。
そんな私も、「いつか読もう」といつの間にか『温病縦横』を手にしていたが、長らく積ん読状態となっていた。今回、改めて本書のページをめくってみる。
『温病縦横』
- 著者:趙紹琴、胡定邦、劉景源
- 発行元:人民衛生出版社
- 発行年:2006年(12月 第1版)
本書は、葉天士の衛気営血弁証や呉鞠通の三焦弁証といった歴代の温病学の理論を、初学者が理解しやすいよう、独自の新しい枠組みで整理し直した総合的な体系書である。
冒頭において、著者らは以下のように語っている。
「『温病条辨』は、理(理論)・法(法則)・方(処方)・薬(薬品)の系統が整った完全な温病学の専門書であり、きわめて高い理論的価値と実用価値を有しているため、近代の温病学者たちから高く評価されている。しかしながら、同書は三焦を綱(大綱)とし、病名を細目として、その三焦弁証の中に衛気営血弁証を組み入れた構成をとっている。このことがかえって全体の仕組みを不明瞭にし、内容を煩雑で複雑なものにしてしまっている。そのため初学者が読み進める上で困難をきたしており、これが同書の玉に瑕(たまにきず)といえる点である。」
その一方で、本書には『温病条弁』からの引用と解説が非常に多く含まれているため、実質的には『温病条弁』を深く読み解くための参考書としての役割も大きく担っている。具体的には、以下のような位置づけと構成になっている。
- 『温病条弁』の難点を克服するための再構築
先に述べたとおり、『温病条弁』は温病学の優れた専著であるものの、三焦弁証をベースにしながらその中に衛気営血弁証を混在させて論じている。そのため、縦横が交錯して複雑になり、初学者には非常に理解しにくいという難点があった。
そこで『温病縦横』では、この複雑さを解消すべく、温病を性質によって以下の2つに分けたのである。
- 温熱病:横の伝変である「衛気営血弁証」を用いて解説
- 湿熱病:縦の伝変である「三焦弁証」を用いて解説
このように、横と縦(縦横)の枠組みで明確に整理し直したことが、『温病縦横』という書名の由来となっている。
- 『温病条弁』をはじめとする主要文献の引用と解説
『温病縦横』は総論・各論・名篇選按などで構成されているが、単に理論を述べるだけではない。各証型の説明の後には必ず古代の文献を引用し、理解を助けるための解説(按語)を加えている。
- 『温病条弁』がメイン素材:各論部分(中篇)で引用されている文献資料は、主に『温病条弁』から採られている。そのため、『温病条弁』の条文解説書のような側面を強く併せ持っている。
- 他の重要文献も網羅:『温病条弁』に限らず、葉天士の『外感温熱篇』、陳平伯の『外感温病篇』、薛生白の『湿熱病篇』(これらは下篇に全文収録されている)、さらに『時病論』や『重訂通俗傷寒論』など、温病学の主要な著作から広く文献を引用し、注釈を加えている。
まとめ
『温病縦横』は、『温病条弁』を最も重要な素材として活用し、その条文を多数引用して詳しい解説を加えつつ、他の温病学の名著も取り込んでいる。「温熱病=衛気営血」「湿熱病=三焦」という独自の切り口で温病学全体をまとめ上げた画期的な著作である。
これから、経方医学の視点をもって、この『温病縦横』を読み解いていきたいと思う。


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