【序章】アトピー性皮膚炎の奥に隠されていた、本当の悩み
漢方医として臨床経験を積んでいた20年前、一人の青年との出会いが、私の漢方人生における大きな「宿題」の始まりとなった。
最初、彼は難治の「アトピー性皮膚炎」の治療を希望して来院した。まずは目の前の皮膚症状を改善すべく、当時もはや定石となっていた皮膚炎の漢方治療を行った。幸い治療は功を奏し、彼の肌は落ち着きを取り戻した。治療終了を告げた後、彼は意を決したように重い口を開いた。
「先生だからお話しするのですが、実は、アトピー性皮膚炎の原因は射精後に出る蕁麻疹だと思う」と。
彼の告白は、衝撃的であった。その蕁麻疹の症状はもの凄くひどい。そもそも、若い男性が射精を我慢するというのは、それにもまして症状が相当に酷いということだ。
彼は原因となる射精をなんとか避けようと、自慰行為もセックスもずっと我慢していたという。しかし、月に数回の夢精だけはどうしても避けられない。そして、その度にあの激しい蕁麻疹が全身を襲うのだと、苦しそうに語った。そうしているうちにアトピー性皮膚炎と診断されたのだと。
これまで他の医師にも相談したが、「アレルギーだろう」と抗アレルギー剤を処方されるだけで、全く効果がなかったという。そして、この逃れられない苦しみから解放されるため、藁にもすがる思いで漢方治療を選んだのであった。
ここに、漢方医学の素晴らしさを強調したい。西洋医学では診断がつかない未知の症状であっても、漢方では治療の道筋が見えてくる。私は、当時その力の恩恵を受け始めた時期でもあった。だからこそ私には「治せる」という確信があったし、事実、治すことができた。
ただし、その治療経過で得られたものは思いのほか大きかった。この症例を治療させていただけて本当に良かったと思える。というのも、処方を組み立て、治療効果をフィードバックする過程で、私は「生薬の力、ベクトル、バランス」を、確かな技術として操作できるようになったからだ。この経験は、私の漢方治療家としての能力を大きく向上させてくれた。その意味でも、とても印象深い症例となったのである。
確かに治療は成功した。しかし、私の心の中では、より大きく、鮮明な「謎」が生まれた。
「一体、あの症状は何だったのだろうか?その西洋医学的メカニズムは何だったのか?」
その問いは、20年間ずっと、私の心に刺さったトゲのように残り続けていた。
【転機】AIとの対話で掴んだ「答えの糸口」
月日は流れ、諦めにも似た感情が芽生えていたある日。私は何の気なしに、最新のAI(Gemini)のDeep Research機能にこの20年の謎を問いかけてみた。
返ってきた答えに、私は息を呑んだ。
「先生のその症例は、オーガズム後疾患症候群(Post-Orgasmic Illness Syndrome、略してPOIS)として知られる、稀な疾患の可能性がある」
画面に映し出されたその言葉は、まさに暗闇の中で見つけた一筋の光であった。20年間掴めなかった謎の症状の正体は、このPOISだったのである。
【POISとは何か?】― 西洋医学が描くミステリー
AIが示してくれたレポートを読み進めると、驚きの事実が次々と明らかになった。
- POISは、射精後数秒から数時間以内に、インフルエンザ様症状、極度の倦怠感、集中困難(ブレインフォグ)、そして稀に皮膚症状(蕁麻疹など)を引き起こす疾患であること。
- 原因として最も有力なのは「自身の精液成分に対するアレルギー/自己免疫反応」という説。しかし、それを裏付けられない研究報告も多く、いまだ論争の的であること。
- 他にも「サイトカインの嵐」「神経内分泌の不均衡」「内因性オピオイドの離脱症状」など、様々な仮説が立てられているが、決定的な証拠はないこと。
20年前に私が診たあの症例は、決して見間違いではなく、世界で研究されている医学的なミステリーの一つだったのである。それが確かに存在していたという事実に、私は静かな興奮を覚えた。
しかし、私の感動はここで終わらなかった。レポートの最終章を読んだとき、私は漢方医として、魂が震えるような感覚に包まれたのであった。
【核心】漢方の知恵が、すべての点を線で結ぶ
西洋医学では、アレルギー、炎症、神経症状など、バラバラに見えるPOISの症状。私の診た症例は蕁麻疹であった。しかし、これを漢方医学のレンズを通して見ると、そのすべての症状が、驚くほど美しく、首尾一貫した一つの治療ストーリーとして説明できることに気づかされた。その瞬間の震えるような気持ちは、今も忘れることができない。
(※治療内容の詳細は、別の機会に譲りたい。)
【結び】新たな希望へ
20年間、私の心を離れなかった臨床の謎。それは、最新のAIによって西洋医学の「POIS」という名を得て、そして古の漢方の知恵によって、それらの多様な症状が「同根」の現れであり、漢方ならば包括的に治療できる可能性があるという、新たな希望を明らかにしてくれたのである。
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