前回の記事では肝胆気虚の鑑別について触れたが、今回はその実践編として具体的な治療法剤と配薬の方針について整理する。なお、本稿は江部洋一郎氏、篠原明徳氏、張錫純の病機の解釈と配薬を参考に作成した。
日常診療において「肝の病証」といえば、まず柴胡剤(疎肝薬)を想起しがちである。しかし、肝気虚・胆気虚という「虚証」の局面においては、その常識を一度脇に置く必要がある。資料に基づき、それぞれの病態に対する的確なアプローチを解説する。
1. 肝気虚の治療:柴胡を排し、辛温で補う
肝気虚の治療において最も留意すべき点は、**「柴胡剤も補中益気湯も第一選択ではない」**という事実である。
陥りやすい罠
肝気虚の症状(だるさ、やる気が出ない)を見て、脾気虚の代表方剤である「補中益気湯」や「四君子湯」を処方しても、反応が芳しくないことが多い。また、肝の病だからといって安易に柴胡剤(小柴胡湯や四逆散など)を用いると、疎散の作用が裏目に出て、かえって気を消耗させる恐れがある。
選薬の鍵:辛温の気薬
肝気虚の本質は、肝の気が不足し、疏泄機能(気の巡りを調整する力)そのものが鼓舞できない状態にある。これを立て直すには、黄耆(おうぎ)や桂枝(けいし)、**細辛(さいしん)**といった「辛温の気薬」を用いるのが定石である。
- 黄耆:気を補い、持ち上げる(昇陽)。
- 桂枝:温めて気を巡らせる(通陽)。
張錫純の用薬法では、**「黄耆を重用し、少量の桂枝を佐薬として加える」**手法が提案されている。これは、強力な補気作用を持つ黄耆でエネルギーを充填しつつ、桂枝でその流れを誘導するという理にかなった構成である。
代表的方剤
- 補肝湯(千金方):桂心、細辛、桃仁、柏子仁などを含む。筋の引きつりや恐怖感、目の症状に用いる。
- 桂甘竜牡湯(血証論):桂枝、竜骨、牡蛎、甘草。肝経の気虚に加え、魂の不安定さが見られる場合に適する。
- 小補肝湯(輔行訣):桂枝、乾姜、五味子、大棗。不安や悪夢、動悸など、心陽虚に近い症状を伴う場合に考慮する。
2. 胆気虚の治療:酸棗仁による安神と「合わせ技」
胆気虚の治療ターゲットは明確で、**「不眠」と「不安」**である。
基本方針:酸棗仁湯
胆気虚治療のアンカーとなるのは**「酸棗仁湯」**である。主薬の酸棗仁は、肝血を養い心神を安定させる作用に優れ、胆気不足による虚性の興奮(ビクビクする、眠れない)を鎮める。
臨床での応用:エキス剤の合わせ技
単独の酸棗仁湯で効果が不十分な場合や、動悸や驚きやすさといった随伴症状が強い場合は、以下の併用が推奨される。
- 胆気虚 + 心胆虚怯(動悸・驚きやすい)
- 処方:酸棗仁湯 + 桂枝加竜骨牡蛎湯
- 狙い:桂枝加竜骨牡蛎湯の「気逆を抑え、精神を安定させる」作用を上乗せし、パニック的な不安感や動悸に対応する。
まとめ
肝胆の気虚に対する治療は、通常の「疎肝」や「健脾」とは異なる視点が必要である。
| 病証 | 治療の核 | 注意点 |
| 肝気虚 | 黄耆・桂枝(辛温補気)
例:補肝湯、桂甘竜牡湯 |
柴胡剤(散らす)は不適。
補中益気湯でも力不足な場合あり。 |
| 胆気虚 | 酸棗仁(養血安神)
例:酸棗仁湯 |
動悸があれば桂枝加竜骨牡蛎湯を併用。 |
漫然と柴胡剤を使い続けるのではなく、病態が「虚」に傾いているときは、迷わず辛温の気薬や酸棗仁湯類へ切り替える決断が、臨床効果を左右するだろう。


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