漢方医学において「心下(しんげ)」は、胸や膈(かく)とともに気の外殻からの出入を司り、気津の昇降の通り道として極めて重要な役割を果たします(経方医学1 p34参照)。また、心下は病理産物の発生源となるだけでなく、虚脱状態に陥ることもあり、さらに生理的にプールしている津液が悪影響を及ぼして多彩な症状を引き起こすことがあります。
本記事では、痰飲による「心下有支飲(しんかゆうしいん)」と「水停心下(すいていしんげ)」が引き起こす症状について、関連条文を通じて考察します。
痰飲咳嗽病脈証と関連条文
心下有支飲に関する条文
(25) 心下有支飲,其人苦冒眩,沢瀉湯主之。
(心下に支飲があると、めまいを伴う。この場合、沢瀉湯が適応。)
(28) 嘔家本渇,渇者為欲解,今反不渇,心下有支飲故也。小半夏湯主之。
(通常、嘔吐する人は口渇を訴えるが、今回は渇かない。これは心下に支飲があるためであり、小半夏湯が適応。)
水停心下に関する条文
(41) 先渇後嘔,為水停心下,此属飲家,小半夏茯苓湯主之。
(先に口渇があり、その後に嘔吐する場合は水が心下に停滞しているため。これは「飲家(いんか)」に属し、小半夏茯苓湯が適応。)
嘔吐噦逆下利病脈証における鑑別
嘔吐に関連する症状として、以下の条文が鑑別に役立ちます。
(2) 先嘔却渇者,此為欲解。先渇却嘔者,為水停心下,此属飲家。
(先に嘔吐し、その後に口渇がある場合は自然経過で症状が軽快する。しかし、先に口渇があり、その後に嘔吐する場合は水停心下があるため「飲家」と診断される。)
(2) 嘔家本渇,今反不渇者,以心下有支飲故也,此属支飲。
(通常、嘔吐する人は口渇があるが、今回は口渇がない。これは心下有支飲のためであり、「支飲(しいん)」に属する。)
鑑別のポイント
水停心下(飲家)
口渇を訴えた後に嘔吐する。
小半夏湯が適応(めまいを伴う場合は沢瀉湯)。
心下有支飲(支飲)
慢性的に嘔吐している人が、通常は口渇を訴えるのに今回は口渇がない。
小半夏加茯苓湯が適応。
診断の実際:心下の病理産物を確認する
心下に痰飲が溜まっているかどうかを確認する方法として腹診が有効です。これは経方医学1 p80以降に詳述されています。この段階では「心下に病理産物が存在する」ことまでしか判断できません。
さらに、問診で口渇の有無を確認することで、「飲家」か「支飲」かの鑑別が可能となります。
迷ったときの処方選択
「飲家」と「支飲」の鑑別が難しい場合、小半夏茯苓湯を選択するのが安全策といえるでしょう。
まとめ
心下は気の昇降と津液の流れに関わる重要な部位であり、痰飲が関与すると多彩な症状を引き起こす。
心下有支飲(支飲)と水停心下(飲家)の違いは、問診で口渇の有無を確認することで鑑別可能。
腹診で心下に病理産物があるかを確認し、適切な処方を選択する。
鑑別に迷ったら、小半夏茯苓湯を選択するのが無難。
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