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清暑益気湯はなぜ効かないのか

漢方医学

導入:この夏、いつもの処方に感じた違和感

夏本番を迎え、日々の診療で「夏バテでしんどい」「暑さでぐったりして、やる気が起きない」といった訴えに接する機会が急に増える季節である。

そんな時、真っ先に浮かぶ処方の一つが「清暑益気湯(せいしょえっきとう)」であった。長年、「夏の倦怠感」という訴えに対し、第一選択として本方を用いてきた。しかし、この夏、どうも効果がはっきりしない、期待したほど奏効しない症例が散見されることに気づいた。「何か、根本的なところで勘違いをしているのかもしれない」と。

本稿では、この自戒の念に基づき、「清暑益気湯」という処方をその原点に立ち返って見直し、考察する。

考察①:清暑益気湯はどちらの系統か

まず、日常的に用いるエキス製剤の「清暑益気湯」。その効能・効果は「夏負け、暑気あたり、食欲不振、下痢、全身倦怠」と、まさに夏の不調にうってつけである。

しかし、この処方の本質を理解するには、その成り立ちを知る必要がある。実は、「清暑益気湯」には、主に二つの源流が存在する。

  • 張三錫(ちょうさんし)『医学六要』 の清暑益気湯
  • 王孟英(おうもうえい)『温熱経緯』 の清暑益気湯

そして、極めて重要な点は、日本の保険エキス製剤の多くが、前者の張三錫の処方をベースにしているということである。つまり、私たちが普段「清暑益気湯」として処方しているのは、実質的に「張三錫の清暑益気湯」なのである。

この二つの処方は、名前こそ同じであるが、その構成も狙いも全くの別物だ。

張三錫の処方は、その源流である李東垣(りとうえん)の代表作・補中益気湯の骨格を持ち、「脾胃を立て直し、気を補い、清陽を引き上げる」という思想を共有するといえる。即ち補中益気湯から柴胡を抜き、夏の消耗に対応するため麦門冬・五味子などを加えた夏仕様の処方と理解できる。

一方王孟英の処方は全く異なる。石斛、知母といった、強力に熱を冷まし、体を潤す(清熱生津)生薬が主役となる。

考察②:今夏の病態と処方のミスマッチ

この違いを踏まえると、処方が効きにくい理由が見えてくる。

張三錫(李東垣系統)の処方が適応となるのは「脾胃虚弱を背景とした夏負け」である。対して、王孟英の処方は「暑熱そのものによる急激な気と津液の消耗(気陰両虚)」、つまり現代の熱中症に近い、より重度で急性的な病態を見据えている。

記録的な猛暑が続く今夏は、後者のような、純粋な熱と乾燥によって体液とエネルギーが急激に奪われるタイプの患者が多いのかもしれない。

結論:明日からの処方戦略

この原方への理解は、明日からの臨床に直結する。私たちが日常的に用いるエキス製剤の清暑益気湯が効果を発揮するのは、患者の病態の中心に**「脾胃虚」が存在する場合だ。その所見に乏しく、むしろ強い口渇、体の熱感、多汗といった「熱と津液消耗」**のサインが強ければ、清暑益気湯は第一選択にはならない。

とはいえ、多忙な内科外来で時間をかけて四診できず、また生薬を処方できる外来は非常に少ないのが現実である。そこで、より現実的な処方戦略として、以下のように思考を整理してはどうだろうか。

  1. 脾胃虚(食欲不振・軟便・倦怠感)が主体の場合

    → 清暑益気湯(エキス剤)が良い適応となる。

  2. 脾胃虚に乏しく、熱と津液消耗が主体の場合

    → 清熱剤などを中心に切り替える。

    • 白虎加人参湯:熱感と口渇が著明で、冷水を多飲するような場合。
    • 五苓散:口渇、尿量減少、むくみ、めまいなど「水滞」が目立つ場合(清熱剤ではないが)。
  3. 現代医学的アプローチの併用

    → 漢方に固執せず、西洋医学的なアプローチを積極的に併用する。熱中症診療ガイドライン2024では、軽症(I度)でもPassive Cooling(受動的冷却)が推奨されている。冷蔵庫で冷却した輸液の投与などを併用する方が、迅速な生津(体液補充)と清熱効果が期待できる場面も多いだろう。

処方名のイメージに囚われず、目の前の患者の病態と、我々が置かれた臨床環境に合わせた最適解を模索し続ける必要がある。

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