漢方の世界に足を踏み入れたばかりの皆さん、こんにちは。漢方医として日々患者と向き合う中で、私が最も伝えたいことの一つが、漢方独特の**「診察法」**についてである。特に独学で漢方を学ぼうとすると、この診察法でつまずく者が本当に多い。何を隠そう、私もその一人であった。
「脈が浮いているのか沈んでいるのか、細いのか太いのか…」
教科書を読んでも、果たして自分の指先が感じているものが本当に「正しい」のか、途方に暮れた経験はないだろうか。あるいは、「舌の色はこれでいいのか?」「腹の張りはどの程度を指すのか?」と、疑問符ばかりが頭を巡るかもしれぬ。
今年の日本東洋医学会総会で「自動脈診計」が展示されたと聞いて、思わずニヤリとしてしまった。科学の進歩は素晴らしい。しかし、漢方の診察に、そんな**「客観性」**が必要であろうか。私はむしろ、そこには漢方ならではの奥深さ、そして醍醐味があると感じている。
師匠の「主観」が、あなたの漢方医としての羅針盤になる
考えてみてほしい。
私が師事した先生が、ある患者の脈を「これは細脈だ」と判断し、その所見に基づいて処方する。そして、その患者は確実に良い方向へと向かう。
ところが、別の先生が全く同じ患者を同じ条件で診察したら、もしかしたら脈を細脈ではないと判断するかもしれぬ。その結果、処方される漢方薬も異なるであろう。それでも、その先生はその判断に基づき病態を明らかにし、やはり患者は回復に向かうのである。それでよいのである。
これこそが、漢方診察の真髄である。
脈診、舌診、腹診…これら漢方の**「四診」と呼ばれる診察法は、単なる客観的なデータ収集ではない。それは、師から弟子へと受け継がれる「主観」、つまりは師匠の研ぎ澄まされた感覚と経験、そして患者を診る「眼」**を、弟子が自らのものとしていくプロセスなのである。
「私」というフィルターを通して見出す、あなただけの漢方
だからこそ、漢方医の診察は面白い。
もし、あなたが今、脈や舌の判断に迷っているのなら、それはごく自然なことである。むしろ、そこに「正解」を求めすぎるべきではない。
重要なのは、あなたが**「師匠の主観」をいかに吸収し、そしてそれを「あなた自身の主観」**として昇華させていくか、ということである。
あなたの指先が感じる脈、あなたの眼が見る舌、あなたの手が触れる腹――それらはすべて、「あなた」というフィルターを通した患者の情報である。その情報をどう解釈し、どう病態と結びつけ、どう治療に活かすか。そこには、あなただけのオリジナルの漢方医療が生まれる可能性が秘められている。
さあ、恐れることなく、この主観に満ちた漢方の世界へ飛び込んでみてほしい。きっと、想像以上に奥深く、そしてやりがいのある道があなたを待っているであろう。
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