「なんだか疲れた」「体がだるい」――。現代社会で多くの人が経験する「倦怠感」は、非常に一般的な不調のサインである。東洋医学の知識に少し触れたことがある方なら、「これはエネルギー不足、つまり虚証かな?」と考えるかもしれない。しかし、東洋医学の観点から見ると、倦怠感は必ずしも「虚証」(エネルギー不足)だけを示すわけではない。 その背後には、**「実証」(エネルギーの過剰や滞り)**が隠されていることもあり、安易な判断は適切なアプローチを見誤る原因となる可能性がある。 今回は、倦怠感という症状を深く掘り下げ、東洋医学がどのように身体の状態を捉えるのか、その「弁証(べんしょう)」の考え方をご紹介する。
「疲労」の東洋医学的理解:虚証とは何か?
東洋医学において、「疲労」やそれに伴う倦怠感の多くは「虚証(きょしょう)」という概念で捉えられる。
虚証の定義と症状
一般的に虚証とは、病気の原因となるもの(病邪)の勢力に対し、生体自身の抵抗力(正気、免疫力、元気)が不足している状態を指す。 機能面から見ると、**「機能低下」**を意味することが多いとされる。 具体的な症状としては、脈や腹に力がなく、顔色が蒼白で眼に張りがなく、声に力がないといった状態が挙げられる。 また、無気力で疲れやすく、汗をかきやすい、時には寝汗(盗汗)がある、下痢しやすいといった特徴も見られる。これらは、正気が不足し、抵抗力が減弱し、生理的機能が減退した状態であると説明される。 虚証は、全身の気(生命エネルギー)、血(血液や栄養物質)、陰(体の潤いや物質)、陽(体の温かさや活動力)の不足として現れ、「気虚(ききょ)」「陽虚(ようきょ)」「血虚(けっきょ)」「陰虚(いんきょ)」といった具体的な分類がある。 特に「陰虚の熱」は、新陳代謝が亢進し、食べたものが熱に転化してしまう「七儲けの八使い」のような状態と説明されることもある。いくらエネルギーを摂取しても消費が多いため、体が乾燥し、尿が濃くなったり大便が硬くなったりするタイプである。 このように、東洋医学における「疲労」とは、単なる肉体的な疲れに留まらず、体内の根本的なエネルギーや物質が不足し、それによって身体の機能全体が低下している状態を指すことが多いと言える。
倦怠感は「不調」の多面的なサイン:実証を見逃すな
一方で、「不調」は東洋医学ではより広範な概念を指す。疲労も不調の一種であるが、不調は身体の「正常ではない状態」や「病的な状態」全般を含み、その原因や症状は多岐にわたる。 倦怠感は、単なる機能低下だけでなく、身体の機能が亢進したり、停滞したりする「実証(じっしょう)」の状態でも現れることがある。 実証では、脈や腹力などが充実し、過緊張の状態で、顔色もよく、眼に張りがあり、声に力があり、無汗で便秘傾向であるとされる。
倦怠感が実証として現れる例:
気の滞り(気滞)による倦怠感
東洋医学では、生命エネルギーである「気」がスムーズに体内を巡ることで健康が保たれると考えられている。 しかし、精神的なストレスや不規則な生活などにより気の流れが滞ると(気滞)、エネルギーが特定の場所に停滞したり、全身に十分に行き渡らなくなったりする。これにより、身体が重く感じられたり、だるさ、倦怠感が現れることがある。 例えば、精神的な抑圧によって生じる「肝鬱気滞(かんうつきたい)」は、心窩部が重苦しく詰まる、食事が喉を通らない、食欲がないといった症状を引き起こすことがあり、これに伴って倦怠感が生じることもある。
水分の停滞(水滞・湿邪)による倦怠感
体内の余分な水分が排出されずに停滞すると、身体全体がむくみ、重だるさや倦怠感を引き起こすことがある。これも実証の範疇であり、機能の停滞として倦怠感が出現する典型例である。 このように、「倦怠感」はエネルギー不足(虚証)だけでなく、**エネルギーの偏りや滞り、過剰な反応(実証)**によっても生じる、非常に多面的な症状なのである。
安易な虚証判断は危険!なぜ「弁証」が不可欠なのか
「疲れた」「だるい」といった倦怠感があるからといって、一概に「虚証(エネルギー不足)である」と決めつけるのは、東洋医学的には誤診につながる可能性がある。 もし実証による倦怠感なのに、虚証に対する「補法」(補う治療法)を行ってしまえば、かえって症状を悪化させることにもなりかねない。 東洋医学では、四診(東洋医学的な診察法)から病気の原因や性質を分析する「弁証(べんしょう)」をして治療することになる。
まとめ:
倦怠感という単一の症状だけでなく、弁証を通じて、患者さんの陰陽のバランス、気血の状態、虚実の度合いなどを詳しく見極めることで、その倦怠感がどのような性質を持っているのかを正確に判断し、適切な治療方針を立てることが可能になる。
コメント