毎日午前7時にブログ更新

3年目の人参湯

漢方医学

80代の女性が外来を訪れた。「X医院で胃カメラ検査を受けたが異常はなく、『かかりつけ医に診てもらうように』と言われた」とのことである。

一見して、事情が飲み込めない。患者の表情には、焦燥感と諦めが入り混じったような色が浮かんでいる。

落ち着いてカルテに目を落とす。他医が記した手書き文字は判読困難だが、読み解いていくと、実は以前当院でも胃カメラを実施した記録があり、関連医療機関でのCT検査記録も見つかった。いずれも特段の異常は認められていない。

不可解なのは、X医院で胃カメラを受けるに至った経緯が、当院のカルテには記載されていない点だ。

妙だと思い、本人と看護師に事情を聴取した。情報を統合すると、治らない胃痛に業を煮やし、自己判断でX医院を受診し、検査を受けたということらしい。

事情が分かれば話は早い。X医院へ診療情報提供を依頼したところ、少々時間は要したが、詳細な報告書が届いた。その内容によれば、やはり胃カメラ検査で特段の異常は認められなかったとのことである。

改めて当院の診療録を見返す。この患者はおよそ三年間も胃痛を訴え続けていた。精査は行われているものの、決定的な治療はなされていない。実になんとも、我慢強い患者さんである。

よくよく症状を問診すると、本人が言う「胃痛」とは、実は「鳩尾(みぞおち)の痛み」であった。食事や時間帯とは無関係だという。この症状から推察するに、これは「逆搶心(ぎゃくそうしん)」の軽微なものであろうと直感した。

残念ながら診療時間が終了に近づいており、四診を尽くす時間は残されていなかった。そこで、まずは人参湯エキスを処方することとした。もし無効であれば、一週間後に改めて時間をとり、詳細な診察を行えばよいと考えたのだ。

さて、一週間後の今日、その方が再診に訪れた。患者の表情は穏やかそのものであった。三年越しの苦痛が、人参湯によってようやく消失したのである。

人参湯は「胸痹心痛短気病脈証」において、以下のように記されている。

胸痹心中痞,留気結在胸,胸満,脇下逆搶心,枳実薤白桂枝湯主之;人参湯亦主之。

これについては『経方医学』4巻p55にも解説がある。要約すれば、胃気が弱まり、それが暴発して心下を突き上げる病態である。症状が強くなると、脇から槍を突き立てられたような激痛となるが、今回の患者はその軽微な例であったと言える。奏功して何よりであった。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました