迷いと葛藤:なぜ当帰飲子を敬遠したのか
当院には、加齢に伴う肌のカサカサや乾燥、そして執拗な痒みを訴える高齢の患者が多く来院される。明らかな発赤を伴う皮疹はないものの、抗アレルギー剤の処方やレスタミンクリームの塗布だけでは、納得のいく改善が得られないケースが少なくなかった。
それでも私が当帰飲子を好めなかった理由は、その構成生薬にある。
滋陰(潤いを与える)作用を持つ「地黄」は百歩譲って良しとしても、納得がいかなかったのが「黄耆(おうぎ)」の存在だ。
私はこれまでアトピー性皮膚炎を数多く診てきたが、その経験上、黄耆はともすれば皮膚症状を悪化させる生薬であった。黄耆には「昇提(しょうてい)」や「托毒(たくどく)」といった、中から外へ押し出す作用がある。もし皮膚が赤く腫れて熱を持っているような炎症段階であれば、黄耆は「火に油を注ぐ」結果となり、痒みを助長させてしまう。このリスクこそが、私が当帰飲子の使用を躊躇してきた最大の理由である。
転換点:経方医学的な必然性への気づき
しかし、改めて老人の皮膚掻痒症という病態を深く考察した結果、当帰飲子が有効である理由は、東洋医学的な根本概念にあると再認識した。
1. 不栄則痒(ふえいそくよう)という病態
老人の痒みの本態は、「不栄則痒」すなわち「血虚生風(けっきょせいふう)」である。
加齢によって体内の「血(けつ)」や潤いが不足すると、皮膚に栄養が行き渡らなくなる(不栄)。その結果、枯れ木が風に揺れるように体内に「風(ふう)」が生じ、それが激しい痒みとして現れる。
2. 黄耆が含まれる「深意」
ここで、かつて忌避していた「黄耆」の存在意義が浮上する。老人の皮膚掻痒症において、なぜ黄耆が配合されているのか。そこには単なる炎症のリスクを超えた、「経方医学的な必然性」が存在する。
高齢者の身体は、単に潤いが足りないだけでなく、気力や抵抗力そのものが衰えた「虚」の状態にある。炎症を煽るリスクを承知の上で、あえて黄耆によって気を補い、皮膚のバリア機能を根底から支える。この構成こそが、老人の虚弱な病態を救うための緻密な設計であると気づかされた。
結論:院内採用に向けて
当帰飲子は、単に表面的な痒みを止める薬剤ではない。老化に伴う栄養不足(血虚)という根本原因を補い、内側から「風」を鎮める処方である。一見パラドックスに思えた黄耆の配合も、老人の病態を深く洞察した結果の必然であった。
この経方医学的な深意を理解した今、かつての躊躇は消えた。当院の患者のために、この処方を活用していく決意を固め、院内採用の申請を済ませた次第である。


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