今日一日、広島での発表内容について深く考察を続けていた。これまで幾度となく昇陥湯(しょうかんとう)を臨床で使い、大気下陥(たいきかかん)という病態も理解していたつもりでいた。しかし、思考を深めるにつれ、最も理解しなければならない核心は**「胸の生理と病理」**そのものにあるという結論に至った。
本日は、この気づきと、改めて整理した経方医学的な視点からの大気下陥についてまとめてみたい。
1. 江部洋一郎先生の「風船」の比喩:大気とは圧力である
以前、江部洋一郎先生は、胸膈心下(きょうかくしんか)を「風船」に例えて表現しておられた。
「風船というのは、中から外に向かう圧力(テンション)があって初めてその形を保つことができる。空気が抜けて萎んだ風船では、何の役にも立たない」
この比喩は、大気(宗気)の本質を見事に突いている。
教科書的な理解では、大気は「水穀の気」と「天の気」が合わさったものとされるが、経方医学の視点から再定義すると、大気とは単なるエネルギー量ではなく、「胸郭内を満たす圧力(プレッシャー)」であり、生命活動を駆動するエンジンのような存在であると言える。
胸膈心下という空間は、風船のように大気の圧力でパンパンに張っていなければならない。その「張り(テンション)」があって初めて、その内部にある肺はスムーズに膨らむことができ、心臓はその空間の中で自由に拍動することができるのだ。
2. 大気下陥の本質:「構造」が保てないから「機能」が停止する
では、「大気下陥」とはどのような状態か。それは、胸中の圧力が低下し、風船が萎んでしまった状態、すなわち「胸中の張力低下」が起きている状態である。
テントを想像してほしい。ポール(骨・肉体)があっても、ロープを張る「テンション(張力=大気)」がなければ、テントは空間を維持できず潰れてしまう。これと同様に、胸郭内の圧力が保たれて初めて、肺は呼吸し、心臓は打つことができる。
大気下陥において「足に力が入らない」という症状が出ることがあるが、これは足が悪いわけでも、脾胃が悪いわけでもない。「上(胸)から下へ気を送り込む圧力」が消失しているため、気が末梢まで届かないのである。
3. 脈診に現れるサイン:「参伍不調」
大気が下陥すると、脈には特徴的な乱れが生じる。それが「参伍不調(さんごふちょう)」である。
大気は心臓を外側から包み込み、そのリズムを一定に保つ「重石(おもし)」や「統御者」の役割を果たしている。この重石が取れてしまうと、心臓(心陽)は軽薄に浮き上がり、統御者を失ったことで拍動のリズムが無秩序になる。
臨床において、一見すると「数(速い)」で「弦(硬い)」脈に見えても、反復して診るとそのリズムや性状が一定しない場合がある。これは「監督不在の教室で生徒が勝手に騒いでいる」ような状態であり、大気が脈管を統御できていない証拠だ。この不安定さこそが、昇陥湯の適応を見抜く重要なサインとなる。
4. 昇陥湯のメカニズム:「リ・プレッシャー(再加圧)」
補中益気湯が「地(脾胃)」の工場を稼働させる薬であるのに対し、昇陥湯は「天(胸中)」のタンクを修復し、圧力をかけ直す薬である。その構成生薬は、見事に「再加圧」のシステムを体現している。
- 黄耆(おうぎ):萎んだ風船(胸中)に、直接ガス(気)を充填する。
- 升麻・柴胡:落ち込んだ気を物理的に持ち上げる(リフトアップ)。
- 桔梗(ききょう):薬力を肺・胸中へと導く(舟楫の剤)。
- 知母(ちも):気を持ち上げた際に生じる熱(エンジン再点火の熱や、心包になだれ込んだ虚熱)を冷ましつつ潤す。
結語
「胸の生理」を深く理解することは、単に呼吸器や循環器を診ること以上の意味を持つ。それは生命活動を維持する「圧力環境」を診ることであり、その破綻が大気下陥という病態だ。
今回の広島での発表と考察を通じ、昇陥湯という処方が、単なる気付け薬ではなく、人体の構造と機能を「圧力」という観点から立て直す精緻なシステムであることを再認識した。


コメント