温病学の視点において、湿熱病は「三焦弁証」を用いて分類・治療される。湿熱邪気は上焦の肺から侵入し、気機を阻滞させて水液代謝の障害を引き起こす。そのため「上焦湿熱証」では、辛香宣透・芳化湿濁の治法を用い、邪を汗とともに解することが基本となる。
本稿では、湿熱病が上焦に侵入した際の病態について、症状(証候)ごとに病機、適応方剤、方意を解説する。
1. 湿邪困表
湿邪が肌表を困阻した状態
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症状: 悪寒発熱、少汗、頭重感・頭痛・ぼんやりする、身体の重だるい痛み、口中がさっぱりして渇かない、胸やみぞおちの痞え、吐き気、食欲不振、腹鳴、下痢、舌苔白膩、脈濡。
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病機: 外感した湿邪が肌表(衛分)を困阻し、衛陽が鬱滞するために悪寒が生じ、正邪の闘争により発熱する。湿邪が清竅を塞ぐため頭が重く、肌表の気血が滞るため身体が重痛む。湿は津液を傷つけないため口渇は見られず、脾胃の気機を阻むため胸脘が痞え、嘔吐や下痢が生じる。
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適応方剤: 藿香正気散
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方意: 藿香の辛温芳香で表湿を疏散し、同時に裏の湿を化す(君薬)。白芷・紫蘇で肺気を宣暢して表湿を透発させ、半夏曲・陳皮・大腹皮・厚朴の辛開苦降によって気機を巡らせ湿を燥かす。茯苓・白朮などで健脾和胃・利湿を図り、桔梗で肺気を開いて上焦の邪を去る。表湿を散らしつつ、裏湿も兼ねて治療する構成である。
2. 寒湿困表、暑熱内蘊
夏に暑熱と寒湿を同時に受けた状態
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症状: 悪寒発熱、無汗、頭身の重だるい痛み、胸脘の痞え、心煩、口渇、小便短赤、舌苔薄白膩、脈濡数。
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病機: 夏の暑熱が内にこもった状態で、冷房や夜風などにより外から寒湿を受けた「外寒内熱」の状態である。寒湿が表を束縛して腠理が閉じるため悪寒・無汗となり、湿が蔓延して胸脘が痞える。一方で、内にこもった暑熱が津液を傷つけるため、口渇、小便短赤、心煩といった熱象が現れる。
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適応方剤: 新加香薷飲
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方意: 香薷の辛温芳香で発汗を促して表の寒湿を去り、銀花・連翹・扁豆花で内にこもった暑熱を清透する。厚朴で理気燥湿を図り、外の寒湿を解しながら内の暑熱を清める表裏同治の処方である。
3. 湿熱郁阻、表裏同病
湿熱が上下に蔓延し表裏を阻滞した状態
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症状: 悪寒発熱、身熱不揚、午後熱甚、顔色淡黄、頭痛、頭重、四肢の冷え、倦怠感、表情淡漠、胸脘の痞え、口渇はあるが飲みたがらない、泥状便、舌苔白膩、脈濡。
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病機: 湿と熱が絡み合い、熱が湿の中に隠伏するため、体表を触れた直後は熱く感じない「身熱不揚」を呈する。午後は陽明の経気が旺盛になり正邪闘争が激化するため、熱が高まる。湿が気機を阻んで陽気が四肢に届かないため手足が冷え、清竅を蒙蔽するため無表情となる。
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適応方剤: 三仁湯 または 藿朴夏苓湯
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方意: 三仁湯は、杏仁で上焦の肺気を宣降し、白豆蔻で中焦の湿を芳香化濁し、薏苡仁で下焦の湿を淡滲させて熱を清す。これに厚朴・半夏・通草・滑石・竹葉を配し、三焦の気機を宣暢・通利させることで、湿熱を分消する。
4. 外感暑湿 / 冒暑
夏の軽い暑湿感冒
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症状: 悪寒発熱、汗出、咳嗽、めまい、吐き気、下痢、舌苔白膩、脈濡数。
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病機: 暑湿邪気が上焦の肺を侵襲した軽証である。肺気失宣により悪寒発熱や咳が生じ、暑は陽邪であるため腠理が開いて汗が出る。湿熱が上蒸してめまいを起こし、脾胃に及んで吐き気や下痢を生じる。
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適応方剤: 雷氏清涼滌暑法
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方意: 滑石・甘草(六一散)と通草で湿熱を利し、青蒿・連翹の軽清宣透によって上焦の湿熱を疏散させる。扁豆で化湿和中し、西瓜翠衣で清熱解暑することで、表裏を兼顧しながら湿を化し暑を洗う(滌暑)。
5. 暑穢卒中 / 暑穢
湿熱穢濁の気による中暑
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症状: 身熱、汗出、頭の張痛、胸脘の痞え、煩躁、嘔吐。重症では意識障害(神昏)、舌苔白膩または黄膩、脈濡数。
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病機: 夏秋の湿熱穢濁を口鼻から吸い込み、肺胃から直接「膜原」などを侵襲して卒然と発症する。湿熱が上蒸して頭痛や意識障害、煩躁を引き起こし、気機を阻滞させて激しい胸悶や嘔吐を生じさせる。
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適応方剤: 雷氏芳香化濁法
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方意: 藿香の辛温芳香で上焦の湿熱穢濁を透泄し、佩蘭で芳香化濁・解暑を図る。陳皮・半夏・厚朴・大腹皮の辛開苦降で気機を巡らせ、荷葉で清熱解暑・辟穢を図ることで、芳香の力で穢濁を押し開く。
6. 上焦湿熱吐衄 / 暑瘵
湿熱が肺絡を傷つけ出血する病態
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症状: 身熱、咳嗽、血痰、重症では吐血・鼻出血、頭目がすっきりしない、口渇なし、舌苔白膩で滑、脈濡数。
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病機: 暑湿邪気が上焦に鬱結し、その熱が肺の血絡を損傷して血が脈外に溢れ出した(迫血妄行)状態である。湿熱が肺の宣降を阻むため咳や血痰が出るが、湿濁が内にこもっているため口渇は強くない。
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適応方剤: 清絡飲加杏仁薏仁滑石湯
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方意: 鮮荷葉・鮮銀花・西瓜翠衣などの軽清芳香の薬剤で肺中の熱邪を清透し、鮮竹葉や絲瓜皮で熱を導き下ろして血分を涼める。杏仁・薏苡仁・滑石を加えて肺気を降ろし、水道を通調して清利湿熱することで、湿を留まらせる恐れのある純粋な涼血剤を避け、清熱化湿によって止血を図る。
7. 湿熱醸痰、蒙蔽心包
湿熱が痰となり意識の中枢を塞ぐ重証
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症状: 身熱不揚、午後熱甚、呆痴、意識が混濁したり覚醒したりを繰り返す(時昏時醒)、うわごと、昼は軽く夜に重くなる、舌苔白膩または黄膩、脈濡滑。
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病機: 湿熱が鬱蒸して痰濁を醸成し、それが心包を蒙蔽した状態である。昼は陽気が盛んで湿邪を抑え込むため比較的意識がはっきりするが、夜は陰気が盛んになり湿濁が勢いを増すため意識障害が重くなる。
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適応方剤: 菖蒲郁金湯 送服:蘇合香丸 または 至宝丹
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方意: 菖蒲の辛温芳香で化湿痰・開心竅し、郁金の辛寒で行気開郁する(君薬)。連翹や竹葉で湿熱を宣泄し、竹瀝で熱痰を清化、滑石などで湿熱を小便から導き出す。湿痰が強ければ辛温芳香の「蘇合香丸」を、熱邪も強ければ芳香清涼の「至宝丹」を併用し、化湿清熱と芳香開竅を同時に行う。温熱病の「熱陥心包」とは異なり、湿濁への配慮が不可欠となる。


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