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痺れは黄耆桂枝五物湯へ回帰

漢方医学

 傷寒論、金匱要略は紐解くたびに新しいテーマや知見を導いてくれる。

 黄耆桂枝五物湯は金匱要略の「血痺虚労病」篇に登場する方剤だ。

 不思議な処方である反面、これまではあまり重要視してこなかった。「尊栄人(そんえいじん)」に適用される、つまり運動不足で水太りの体型、ちょっとした外感ですぐに風邪を引くような虚弱なタイプのための処方、という程度の認識しかなかったからだ。

構成を見ても、桂枝湯から甘草を抜き黄耆を加えたものであり、守胃しない、つまり余分な胃気をどんどん消耗させてしまうような処方ではないかとすら考えていた。勿論、血痺(けっぴ)の条文にあることは知っていたが、だからといって実際にしびれの症状に使うことはほぼ無かった。

しかし、『中医臨床』のしびれ特集における篠原明徳先生の臨床例と解説を読み、その認識を改めることとなった。

 篠原先生の解釈と運用は、『経方医学』的な病理メカニズムを深く踏まえた上で、臨床的な不足部分を補う非常に妥当なものであることが分かったからだ。

 以下に、私のバックボーンである『経方医学』の理論を基準として、今回の再発見を(あくまで独善的にではあるが)整理してみたい。

1. 病態の捉え方:「外殻」への供給不足

『経方医学』では、黄耆桂枝五物湯証を、胃気(正気)そのものの不足は著しくないものの、「外殻(体の表面)」への気血の供給が低下している状態と定義する。胃気を外殻へ十分に供給できないため、末梢で気血が不足し「血痺(しびれ)」や「不仁(感覚麻痺)」が生じるというわけだ。

これは篠原先生の「外殻の正虚(気血不足)を補い経脈の疏通を回復させる」という見解と完全に一致する。また、しびれを痛みよりも治療が難しい「正虚が主体」の病態と捉えている点も、四逆湯類のような「圧倒的な裏の陽気不足」とは区別し、「供給量の不足(運べていない状態)」と捉える経方医学の視点と合致する。

2. 構成生薬の役割とベクトル

各生薬の働きについても、経方医学のベクトル理論で説明がつく。

  • 生姜(6両と多量): 胃気を鼓舞し、桂枝・黄耆と合わせて肺・心・心包へとつなげ、脈外の気や脈中の血を外へ推進する。
  • 芍薬: 生姜と共に胃気を腎に供給し、後通の衛気(背部などを守る気)を推進して、侵入しようとする風邪を追い払う。同時に脈外の気と営血を還流させる。

篠原先生が桂枝と生姜(桂枝湯の2倍量)を「外殻に胃気を送り出す」とし、芍薬を「還流させて外殻の経脈を通暢させる」としている点は、まさにこの「推進と還流(循環)」の解釈そのものである。

3. 「当帰」を加味する必然性

篠原先生の運用の最大の特徴は、原方に「当帰」を加える点にあるが、これも理論的に極めて理にかなっている。

原方(黄耆・桂枝・芍薬・生姜・大棗)は「胃気を血脈に運び、巡らせる」作用が主であり、直接的に「血を補う(造血する)」生薬が含まれていない。

そこで当帰を加えることで、「当帰補血湯(当帰+黄耆)」の方意を持たせ、血そのものを補う力を強化する。さらに、辛温の当帰(巡らせる)と酸涼の芍薬(留める)を組み合わせることで、「営血のPush-Pull配伍」として、外殻の血流調整を効率化できるのだ。

これは、経方医学が指摘する「外殻の気血不足」という病理を、より確実に解決するための臨床的アプローチと言える。

4. 脈診との整合性

金匱要略では「尺中小緊」とあるが、現代の臨床では尺中が緊脈(実)であることは少なく、むしろ左脈(肝・腎)が「無力〜乏力」であることが多い。これは風邪による緊張よりも、慢性経過による精血の不足(虚)が前面に出ていることを示唆する。

この観察に基づき、腎虚・肝血虚を補うために当帰や附子を加える運用は、現代の慢性化した患者に合わせ、根本病理を補強する妥当な手段である。

臨床における運用:黄耆桂枝五物湯の加減

以上の検討から、黄耆桂枝五物湯は本来、痛みのない「血痺」の処方だが、臨床現場では様々な邪や虚が混在するため、積極的な加減が必要であると結論づけた。

基本処方:黄耆・桂枝・芍薬・生姜・大棗

① 基本的なしびれ・血虚(+当帰)

手足のしびれ、皮膚乾燥、脈が細く無力な場合。

当帰を加え「当帰補血湯」の方意を持たせ、気血を強力に補う。

② 痛み・冷えを伴う場合(+附子)

本来は無痛だが、風痺(痛み)や寒邪が混在する場合。

附子で温めて痛みを止め(散寒止痛)、経脈を通す。

③ 痛みが激しい場合(+延胡索)

頑固な痛み、刺すような痛みがある場合。

気血の巡りを強力に改善し、止痛効果を高める。

④ 瘀血が顕著な場合(+川芎・桃仁・紅花・牛膝)

患部が暗紅・紫色、手術痕、舌裏静脈の怒張など。

強力な駆瘀血薬で「活血通絡」を図る。下半身症状には牛膝が良い。

⑤ 高血圧・ふらつき(+釣藤鈎)

陰血不足による肝陽上亢(内風)がある場合。

高齢者のしびれで血圧が高めの場合に、平肝熄風として加える。

⑥ 痙攣・ひきつり(+熟地黄)

眼瞼痙攣や筋肉のひきつりなど、肝血虚が深刻な場合。

補血・滋陰作用の強い熟地黄を加え、虚風を鎮める。

理論的な裏付けは完了した。武器は揃っている。

さあ、患者さん来い。

 

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