先日の広島での経方医学研究会。全体での話題というわけではなく、熱を帯びた数人の輪の中でのことだったが、ある重いテーマが語られた。
「慢性期アトピー性皮膚炎、特にゾウの皮膚のように苔癬化(たいせんか)した病変には、漢方は効きがたい」
私自身も、心のどこかで同じイメージを抱いていた。長年の炎症によって焼け野原となり、分厚く硬化した皮膚。そこには気血の巡りすら届かない、まるで死んだような空間が広がっているからだ。
しかし、あえて今、私はこれまでの漢方処方を根底から整理し、慢性期に使用可能な方剤の骨格を作ってみた。それが『黄地化瘀散結湯(おうちかおさんけつとう)』である。
まず最初に、この方剤の基本的な配薬を紹介しておきたい。
【黄地化瘀散結湯 基本構成】
蝉退、黄耆、連翹、乾地黄、半夏、芍薬、砂仁、牡丹皮、桃仁、沢瀉、甘草、牡蛎
苔癬化を包囲する、立体的「ベクトル」の設計図
経方医学では、病態を「気・血・津液の過不足」だけでなく、「方向性(ベクトル)」と「深さ(病位)」という物理的・空間的な視点で捉える。
苔癬化は、潤い(津液・陰血)が枯渇し、古い血と痰濁がこびりついた「有形の邪の停滞」だ。この処方は、その局所に対し、以下のようなベクトルを緻密に組み合わせている。
- 【底を潤す】乾地黄・芍薬: 焼け野原の深部(血分)へ沈み、圧倒的な潤いを供給するベース。
- 【壁を壊し、結び目を解く】桃仁・牡丹皮・牡蛎: 桃仁と牡丹皮が分厚い血の塊(瘀血)を内側から物理的に粉砕する。ここに重鎮・沈降の性質を持つ牡蛎が加わることで、強固な有形の結聚(分厚い象の皮膚)を柔らかくして散らす(軟堅散結)力が一層高まる。
- 【押し出す】黄耆・連翹・蝉退: 深部で砕かれた邪を、内から外へ力強く体表まで押し上げ、パージする。
- 【道を開く】半夏・砂仁: 地黄などの重い生薬が胃を止めるのを防ぎ、中焦を動かして薬の通り道を確保する。
- 【下から抜く】沢瀉: 行き場を失った水湿や熱を、小便として下から引き抜く。
完全に自画自賛になってしまうが、設計図としては合格点だと思っている。師匠の表現ならば70点。「虚(血虚・気虚)」と「実(瘀血・湿熱)」を同時に捉え、現代のアトピー病態の全方位をカバーする陣形を敷けた。
「合格点」に潜む懸念と、現場での弁証
しかし、これをそのまま臨床の現場に投入するにあたって、いくつか無視できない懸念があるのも事実だ。
最大の懸念は、「ベクトルの方向性」である。
経方(傷寒・金匱の処方)の強みは、少ない薬味で一方向に放つ「切れ味」にある。本方のように多種の生薬が上下内外にベクトルを放つと、体内で綱引き状態となり、薬効が局所で空回りして相殺される懸念がある。
だからこそ、実際の運用ではすべてを一度に解決しようとしてはいけない。患者のその日の病勢(熱が勝つか、硬結が勝つかなど)を診て、どのベクトルを強調すべきかを、その場で鋭く「弁証」しなくてはならない。
そして何より、気をつけなければならないのが黄耆と地黄の扱いだ。
邪を押し出すための黄耆が持つ「固表(毛穴を閉じる)」作用が、逆に熱や湿を閉じ込めてしまう「閉門留寇(へいもんりゅうこう)」の危険性。そして、強力に潤す地黄が、弱った胃腸(脾胃)に与える深刻なダメージ。これらについては、師匠からも常々「安易に使うな、よく気を付けろ」と指導されていたことである。しかしその一方で慢性期には黄耆、地黄ともおっしゃっていた。ただ残念なことにその部分を受け継ぐことはできなかったし、師匠のノートにも記述が見当たらない。だから「好きにせい!」の精神で好きにさせてもらう。
未だ荒削りであり、引き算の加減の工夫も必要だ。しかし、誰かがこの重い扉をこじ開け、始めてみないとどうしようもないのだ。


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