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【杖道】突きへのこだわり

杖道

 杖道四段を拝命して二ヶ月になろうとしている。日々の稽古は、先人たちが練り上げた理合の結晶である「形」の反復に終始する。そこには寸分の狂いもなき正確さ、気品、そして相手との目に見えない駆け引きといった、杖道ならではの深い味わいが確かに存在する。特に、昇段審査時の講習会で感じた「相手を許す心」を根底に、参加者全員で技を高め合うあの空気は、私の心を強く揺さぶった。

 しかし、その崇高な精神性に感銘を受ける一方で、武を志す者としての純粋な問いが、常に私の内にあった。「この杖道の技は、果たして実戦で通用するのだろうか」と。

杖道は形稽古、故に実戦では通用しないという現実

 私自身、杖道とは別に、直接打撃の拳法で乱取りに明け暮れた経験がある。互いのあらゆる攻撃が予測不能なタイミングで飛んでくる、混沌とした攻防を経験したからこそ、私は一つの結論に至っている。

 それは、「乱取り稽古のない杖道は、そのままでは実戦の用に耐えない」という、ある意味で身も蓋もない現実である。

 形稽古は、あくまで約束された動きの中での技術の練磨に他ならない。相手の攻撃は決まっており、こちらの対処も定石通りである。だが、実戦は全く違う。予備動作のない攻撃、意圖を読ませないフェイント、そして型にはない変則的な技の応酬。これらは、平時の形稽古だけでは到底対応できるものではない。

実戦を前提とするなら「見えない一撃」が不可欠

もし、私がこの杖を手に実戦の場に立つことを「敢えて」想定するならば、その鍛錬は形稽古の延 長線上にはない、全く別の視点が求められる。

 実戦で最も避けたいのは、こちらの攻撃が読まれ、避けられ、攻防が泥沼化することだ。カウンターを受け、型にはない動きに翻弄されれば、一瞬で攻守は逆転し、敗北は濃厚となる。つまり、初撃こそが最大の好機であり、二の打ち、三の打ちを要する状況は、すでに負けに等しいのである。

 必勝を期す一撃とは、すなわち「相手に反応の隙を与えない、見えない打撃」でなければならない。

 そして、その一撃は万が一防がれたとしても、相手の体勢を崩し、反撃の気力すら奪うほどの「威力」を秘めている必要がある。強ければ強いほど、相手の選択肢を奪い、戦いの主導権を握ることができるからだ。

 この「速さ(見えにくさ)」と「強さ」を最も高いレベルで両立できる技は何か。

 様々な打ち技、払い技、返し技を吟味した結果、私がたどり着いた答えは「突き」であった。

なぜ「突き」なのか

 打ち技にも、もちろん相手に読ませない工夫はある。その探求も武道家として当然続けていくつもりである。しかし、より本質的により「見えにくい」のは突きではないか、と私は考えている。

 突きは、杖の先端という「点」が、最短距離で相手の中心に向かって直線的に進む。打ち技に比べて予備動作を極限まで削ぎ落としやすく、また構えの中でその意図を隠しやすい。つまり突きは、その技の構造自体が「見えにくさ」という実戦的な条件を備えているのだ。

 そして、全身の体重を乗せた一撃は、たとえ棒の先端であっても、まさしく鎧袖一触、相手を沈黙させるだけの破壊力を秘めている。

 私はこれから、この「突き」という技法に徹底的にこだわり、鍛錬を深めていきたい。そこで、先生方からのご指導、書籍、そして信頼できる情報源から得た知見を私なりにまとめ、その要諦をここに記す。

【強い突きを極めるための鍛錬法】

 ここからは、私が「実戦で通用する突き」を放つために必要だと考える具体的な鍛錬法と、稽古における留意点である。

  まず、腕力への依存を捨てることから始めねばならない。強い突きは、腕で「押す」のではなく、全身で「放つ」ものである。

  • 始動は後ろ足から: 突きの全ての力は、後ろ足が床を蹴る瞬間に生まれる。この地面からの反力を、いかにロスなく杖先に伝えるかが勝負の分かれ目である。
  • 腰の回転: 後ろ足が生んだエネルギーを、腰の鋭い回転と前方への送り込みによって増幅させる。前足の股関節に全体重を乗せ、全身が一つの「槍」となって相手に突き刺さるイメージを持つ。この時、決して上体が前のめりになってはならない。あくまで中心軸は保ったままである。体は半身ではなくて相手に対して正面で決める。突き終わる時は正中である(因みに打ちはやや半身)。

2. 全身の力を結ぶ「手の内」の妙

 エンジンである体幹が生み出したパワーを、杖先に伝えるのが「手の内」の役割だ。

  • 平常心と脱力: 構えでは、肩、腕、手首の力を完全に抜き、杖をただ「持っている」だけの状態にする。この脱力が、突きの初速を最大化させる。
  • インパクトの一点に集中: 杖先が目標に触れる、まさにその一瞬。両の手の内を、あたかも濡れ雑巾を絞り切るように、鋭く、そして内側に絞り込む。特に小指と薬指を意識することで、力が凝縮され、突きに「冴え」が生まれる。
  • 引き手の意識: 突き放しでは威力は半減する。突いた瞬間に、後ろ側の手(引き手)をわずかに手前に引く意識を持つこと。これにより、作用・反作用の理が働き、突きのキレは倍増する。

3. 普段の稽古で何を意識すべきか

 これらの身体操作を無意識のレベルまで染み込ませるには、日々の稽古での意識改革が不可欠である。

  • 空間突きの鍛錬: 仮想敵を明確にイメージし、その水月(みぞおち)を一寸の狂いもなく貫く。一本一本、「足→腰→手の内」という力の連動を丁寧に確認しながら、反復する。杖先がぶれず、常に最短距離を進んでいるか、常に自問することである。
  • 形の分解と再構築: 普段行っている形稽古の中で突き技が出てくる場面を、あえてスローモーションで行ってみる。約束された動きの中だからこそ、自分の体の使い方の癖や欠点が浮き彫りになる。
  • 巻藁を突く稽古: 幸い私には巻藁がある。これは突きの鍛錬において、他に代えがたい利点をもたらしてくれる。巻藁は、突いた瞬間の衝撃を適度に受け止め、自分の「手の内」が正しく効いているか、体からの力が逃げずに杖先に伝わっているかを明確に教えてくれるからだ。紙一枚を隔てて寸止めする稽古で正確性を養い、そして実際に突き込むことで、生きたインパクトの感覚を体に刻み込む。この両輪が、突きの質を飛躍的に高めてくれると確信している。

【結びにかえて】

 今の私は、形の中に秘められた実戦の理合を自分なりに解釈し、突きを磨き上げることに強いこだわりを持っている。そしてその先には、また新しい杖道の景色が見えてくると信じている。この探求が、同じように道を求める方々の一助となれば幸いである。

 

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