范志良版『輔行訣』に記載されている肝病の中の肝実の条文について解説する。条文は前回記述しているので参考にして欲しい。
今回肝実の病態とその治療原則を考察する上で経方医学の観点から重要な手がかりを提供したい。共通するのは、どちらも「瀉す」という治療原則である。そして、肝実に実熱を伴うか否かで、「小瀉肝湯」と「大瀉肝湯」の症状と配合に違いがある。
小瀉肝湯の経方医学的考察
小瀉肝湯は、「肝が実して、両方の脇腹の下が痛み、その痛みが下腹部にまで強く及び、時々吐き気をもよおすもの」を治す方剤である。
構成生薬
- 枳実:気の停滞を改善し、脇腹や下腹部の張痛を緩和する。
- 気の流れをスムーズにし、**「破気・行気・下気」**の作用を持つ。
- 排膿散や枳実芍薬散のように、脈外の気を肝心方向へ還流させる作用がある。
- 四逆散や大柴胡湯のように、横隔膜の「入」の動きを主る。
- 芍薬:肝の気滞による疼痛を和らげ、攣急を緩める。
- 血分においては、脈中の営血を肝や心の方向へ戻し、肌や肉、筋、骨の熱を去る。
- 気分においては、心下から小腸・膀胱への**「粛降」**作用を持つ。また、胃気の過剰な上昇や胃熱を降ろす作用、腠理におけるミクロな粛降作用も有する。
- 生姜:吐き気を抑え、中焦を温めて気の巡りを助ける。
- 胃の気を鼓舞し、全身に供給する。
- 胃飲をさばく。
- 多量に用いると止吐作用を発揮する。
小瀉肝湯の病態と治療原則
この処方は、肝の気滞と脾胃の不和が同時に存在する病態に用いられる。肝の気が鬱滞して脇腹から下腹部にかけての痛みを引き起こし、さらに胃に影響を与えて吐き気をもよおす状態である。米のとぎ汁で煎じる製法は、胃脾への配慮がうかがえ、実熱が顕著でない比較的軽度な肝実の段階に適していると考えられる。
小瀉肝湯に甘草を加えると、経方医学における四逆散の構成と一致する。甘草の主な薬効は「補胃気と守胃気」であり、「諸薬を和す作用」も持つ。小瀉肝湯が「瀉肝」という名の通り、肝実の病態を瀉すことを主目的としているとすれば、胃を保護する甘草を含まないことで、その瀉下作用をより直接的かつ強力に発揮させようとする意図があると推測できる。どちらが優れているといわけではなく、治療目的、方針の差である。
大瀉肝湯の経方医学的考察
大瀉肝湯は、「頭痛、目の充血、ひどい怒りっぽさ、脇腹の張りや痛み、その痛みが下腹部まで強く及んでどうしようもない状態」を治す方剤である。
構成生薬
- 枳実、芍薬、生姜:小瀉肝湯と同様の作用を持つ。
- 黄芩:肝の熱盛による頭痛、目の充血、怒りっぽさを鎮める。
肺、胆、横隔膜、小腸、および腠理の熱を清す作用がある。
- 大黄:肝実による実熱便秘や血瘀を改善し、強力に瀉下して熱を清する。
「下気・清熱・去湿熱・行瘀・破血」の作用を持つ。
- 炙甘草:他の峻烈な生薬の作用を緩和し、脾胃を保護しながら疼痛を和らげる。
主な作用は「補胃気と守胃気」であり、大黄の強い瀉下作用から胃を守るために加えられる。
大瀉肝湯の病態と治療原則
この処方の効能に見られる症状は、肝の気滞がさらに進み、鬱久化火して肝火上炎の病態を呈していることを示唆する。激しい頭痛や目の充血、強い怒りっぽさは肝火の典型的な症状であり、脇腹から下腹部への激しい痛みも肝の実熱によるものである。
大瀉肝湯は、この肝実熱証に対して、黄芩と大黄によって肝熱を強力に清瀉し、炎症を鎮めることを目的とした処方と解釈できる。炙甘草は、大黄の強い瀉下作用から胃気を守るために配合されている。
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