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病名漢方は安易な処方ではない

漢方医学

 漢方治療において、「病名だけで薬を選ぶのは安易だ」「体質(証)を無視した処方は本質から外れる」という批判がある。西洋医学の病名に応じて画一的に漢方薬を処方する、いわゆる「病名漢方」への警鐘である。しかし、このアプローチは本当に意味を欠くものだろうか。科学的根-拠が、その正当性と大きな可能性を照らし出す事例がある。「慢性硬膜下血腫」に対する五苓散の応用が、その代表格である。

課題:「証」とは別に存在する、共通の病態

 慢性硬膜下血腫は、主に高齢者に発症し、手術で血腫を除去しても約10〜20%が再発する難治性の一面を持つ。この「術後再発」は、患者個々の体質(証)の違いを超えて存在する、この病気自体が持つ共通の課題であった。

 この特定の病態に対し、「証」を問わずに五苓散を投与するという、まさに「病名漢方」のアプローチが試みられ、目覚ましい成果を上げたのである。

科学が証明した「病名処方」の有効性

 近年の質の高い研究が、この処方の正しさを客観的に証明している。複数の臨床研究を統合した「メタアナリシ-ス」や、信頼性の高い「ランダム化比較試験(RCT)」において、『術後に五苓散を服用した患者群は、そうでない群に比べ再発率が有意に低い』という事実が繰り返し示された。

 これは、個々の体質差を乗り越え、「慢性硬膜下血腫の術後」という特定の条件下において、五苓散が一貫して有効であることを意味する。つまり、この病名(病態)自体が、五苓散を処方する極めて強力な根拠、「証」となり得ることを科学が裏付けたのである。

作用機序が示す、処方の必然性

 なぜこの「病名漢方」が成立するのか。その理由は作用機序の解明によって明らかになった。慢性硬膜下血腫の膜には、水の通り道である「アクアポリン(AQP)」が異常に増え、血腫の増大を招いている。五苓散は、このアクアポリンの働きを直接的に阻害する。

 つまり、五苓散は「むくみ体質の人」に効くだけでなく、「アクアポリンが関与する病態」という、より普遍的なメカニズムに作用する薬であった。この科学的理解は、病名と処方とを必然的に結びつけるものである。

結論:「病名漢方」の再評価

 伝統的な「証」に基づく個別化治療が漢方の神髄であることは論を俟たない。しかし、慢性硬膜下血腫と五苓散の例が示すように、科学的根拠に裏付けられた「病名漢方」は、決して安易な治療ではなく、極めて合理的かつ有効な医療実践である。

 重要なのは、伝統的な物差しのみで是非を問うのではなく、「治る」という結果に貢献するかどうかを客観的データで判断することだ。今回の例は五苓散や柴苓湯であったが、作用機序の解明が進むことで、さらに有効性を高める新たな配薬が生まれる伸びしろも残されているだろう。この絶え間ない探求こそ、研究の面白さである。

 

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