前回に引き続き、考え方をまとめて覚え書きにする。
「頭が痛いから鎮痛薬を飲む。しかし、またすぐに痛くなる…」
このような悪循環に陥っている場合、それは現代医学でいう「薬剤の使用過多による頭痛(MOH)」である可能性がある。
実は、この「鎮痛薬が効かなくなる、あるいは逆に頭痛を招く」という現象は、経方医学の視点で見ると、非常に明確に説明できる。
本稿では、最新の臨床報告と古典理論を照らし合わせ、鎮痛薬と「胃の冷え」の関連性について解説する。
1. 鎮痛薬が招く「現代の誤下」
飯塚病院の矢口綾子医師らの報告によると、NSAIDs(解熱鎮痛薬)の長期的な頻用は、胃腸粘膜障害を引き起こし、漢方医学でいう「裏寒(胃腸の冷え)」や「胃腸虚弱」につながっているとされる。
これは漢方の古典『傷寒論』などで戒められている「誤下(誤った下し方)」と同様の状態である。かつては強い下剤で胃腸を傷めることがあったが、現代では鎮痛薬の乱用が胃腸の陽気を奪い、「胃寒」という病態を作り出しているのであると解釈した。
2. なぜ「胃が冷える」と「頭が痛む」のか
一見すると胃の不調と頭痛には関係がないように思われるかもしれない。しかし、『経方医学』には明確なメカニズムが示されている。
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胃気の直達 胃に「寒邪(冷え)」や「寒飲(冷たい水毒)」が溜まると、守胃できなくなる。その結果、行き場を失った気は「直達路」と呼ばれるルートを通り、頭へ向かって上昇してしまう。
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上熱下寒
上昇した胃気は、頭部で熱を帯びて「のぼせ」や「頭痛」を引き起こす。一方で、気が出ていってしまった足腰や胃腸は冷えてしまう。
つまり、「鎮痛薬で胃を冷やす → 制御不能になった気が頭を直撃する → 頭痛が悪化する」という負のスパイラルが形成されているのである。
3. 胃薬(制酸剤)を飲んでいれば安心か
「胃薬(胃粘膜保護薬)と一緒に飲んでいるから安心だ」と考える向きもあるが、漢方的な視点では十分ではない。
制酸剤は胃酸を抑えて粘膜を守ることはできても、「胃を温めて機能を回復させる(補陽・散寒)」働きはないからである。むしろ、消化機能を抑制する方向へ働くため、鎮痛薬によって失われた「胃の陽気」は戻らず、「胃寒」による頭痛の悪循環は断ち切れない可能性が高い。
4. 「胃寒」の兆候
ここで「胃寒」の特徴的な所見をチェックする。
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心下痞鞭:経方医学での所見ではみぞおちを触るとむしろやわらかい。これは胃の気が巡らず、水が溜まっている証拠である。
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唾液過多・吐涎沫:口の中に唾液が溜まりやすい。胃が冷えて水はけが悪くなっているサインである。
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足元の冷えとのぼせ:顔は熱いのに足は冷たい「上熱下寒」の状態である。
5. 桂枝人参湯の方意
このような「胃寒」と「頭痛」が併存する複雑な病態に対し、『経方医学』では「桂枝人参湯(けいしにんじんとう)」が選択肢となる。
この処方の効き方を説明する。
「表裏双解」のメカニズム
桂枝人参湯は、漢方医学で「表裏双解(ひょうりそうかい)の剤」と呼ばれる。これは、「身体の外側(表=頭痛)」と「内側(裏=胃腸)」のトラブルを同時に解決するという意味である。
構成生薬の役割を見ると、その意図がよく分かる。
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裏(胃腸)を温める「人参湯」の働き
処方の大半(人参・白朮・乾姜・甘草)は、胃腸を温める「人参湯(理中丸)」そのものである。
これにより、鎮痛薬(誤下)によって冷え切った胃腸(裏)を温め、溜まった「寒飲(冷たい水)」をさばく。これによって、気が暴走する根本原因を絶つ。 -
表(頭痛)を解す「桂枝」の働き そこに「桂枝」を加えることで、頭痛やのぼせといった「表証」に対応する。 桂枝には気を外へ向かわせるベクトルがあり、胃寒によって頭部へ直達した気を適切に発散させ、頭痛を鎮める。
つまり、桂枝人参湯の方意とは、「鎮痛薬で冷えてしまった胃腸(裏)を温めて立て直しながら、同時にしつこい頭痛(表)も取り去る」ことにある。
単に痛みを止めるのではなく、痛みの発生源となっている「胃の冷え」を治すことこそが、MOH(薬物乱用頭痛)の悪循環を断ち切る鍵となるのである。
まとめ
鎮痛薬を飲み続けても頭痛が治らない、あるいは胃の調子がおかしいと感じている場合、薬が逆に「胃寒」を作り出し、頭痛の原因になっている可能性がある。
現代医学的な「MOH(鎮痛薬乱用頭痛)」の治療において、漢方医学的な「胃の温め」は非常に重要な鍵を握っている。


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