とても寒くなってきた。冬期の急激な冷え込みに伴い、激しい腹痛や機能不全を呈する「寒疝(かんせん)」の症例に気を配る必要がある。
唐代の医学全書『外台秘要方』には、寒疝が「生命に関わる強烈な冷えの凝集」として定義され、陽気を回復させることの重要性が説かれている。
本稿では、日常診療における処方の覚え書きとして、急性・慢性の二つのアプローチを整理する。
1. 急性の実証的腹痛:柴胡桂枝湯
急な寒波や冷え込みに曝露した直後の、差し込むような腹痛に対しては柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)を選択する。
『外台秘要』に引く仲景説では、寒疝の脈象を「弦・緊」とする。これは寒邪が内部で強く結ぼれ、気機が阻滞している徴候である。
- 処方のポイント:
- 表証(悪寒・微熱)を伴い、かつ裏(腹部)に緊張性の痛みがある「表裏同病」に適する。
- 桂枝湯による調和営衛と、小柴胡湯による疏肝解鬱の相乗効果を狙う。
- 適応の状態:
- 急激な冷えによる腹痛、胃腸の過緊張。
- 心下部から腹部にかけての抵抗感や、吐き気を伴う場合。
2. 慢性の虚寒的腹痛:当帰四逆加呉茱萸生姜湯
「冬になると決まって腹痛が起きる」「芯から冷え切っている」といった、長期にわたる寒疝には当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)が適している。
『外台秘要』では重篤な寒疝に対し、附子や烏頭を用いた強力な温裏剤が示されているが、現代における「血虚寒厥(血が足りず巡らず、冷え切った状態)」への定石は本方である。
- 処方のポイント:
- 桂枝・芍薬に加え、細辛・呉茱萸・生姜という強力な散寒薬が配合されている。
- 当帰による補血作用があり、産後や虚弱体質の女性の腹痛(当帰生姜羊肉湯の適応に近い病態)にも応用しやすい。
- 適応の状態:
- 手足の末端まで氷のように冷え、腹痛や腰痛が慢性化している。
- 内郭の陽気が枯渇し、血管が収縮して血流が著しく停滞している状態。
臨床上の考察:陽気の回復と外治法の併用
『外台秘要方』の記述を再確認すると、治療の核心は鎮痛ではなく「陽気の回復(温裏散寒)」にあることが明記されている。
薬物療法と併せて、関元(かんげん)や気海(きかい)への施灸、あるいは温熱療法を併用することは、古典が示す「寒邪を散らす」という目的に対して非常に合理的である。脈が「遅(遅い)」や「緊」を呈する場合は、単なる腹痛と侮らず、裏寒(りかん)の深さを警戒すべきである。
「たかが冷え」と看過せず、『外台秘要』の警鐘を忘れてはならない。
- 急な気機阻滞には「柴胡桂枝湯」
- 深部の虚寒には「当帰四逆加呉茱萸生姜湯」
古典のロジックを配薬に落とし込み、確実な陽気の回復を図ることが、寒冷期の腹痛治療における肝要である。


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