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『范志良版輔行訣』心臓病の小瀉心湯と大瀉心湯を解説:峻烈なる吐法による排邪

雑記

  輔行訣の心臓病についての解説をする。ここには心臓を中心とした激しい病態、すなわち「熱実」の治療に特化した峻烈な処方が記載されている。

本稿では、その中でも熱実の激痛を治療する「小瀉心湯」と「大瀉心湯」の条文、そして上部に結滞した邪を速やかに除く「吐法」を主眼**とする経方医学的な解説を報告する。

1. 小瀉心湯:心胸の急激な熱結を吐法で速攻で除く

小瀉心湯は、心胸部の急激な痛みを伴い、飲食ができない、あるいは食べると悪化するという切迫した病態に対応する。

原文・病態

小瀉心湯:治心中卒急痛, 脇下支満, 氣逆攻膺背肩胛間, 不可飲食, 食之反篤者方。

(意訳:心臓が突然、激しく痛み、脇の下が張ってつかえ、気が逆上して胸、背中、肩甲骨の間を攻め、飲食ができず、食べるとかえって病状が悪化するものを治す。)

配薬

  • 龍胆草 3両
  • 梔子 3両
  • 戎塩(焼赤) 大杏子3枚
  • 酢 3升

経方医学的な解説:苦寒瀉火と酸収、そして強力な吐瀉作用

本処方は、心胸に結滞した激しい熱実・気逆を、苦寒瀉火と酸収・吐法で速やかに排除することを目指す。

  1. 苦寒瀉火の主薬: 龍胆草と梔子は、共に強力な苦寒薬として心胸の鬱火・鬱熱を清瀉する役割を担う。
  2. 峻烈な吐法を担う成分:
  • 本処方で「吐」を導く薬物として梔子が想定されるが、現代の経方医学においては、梔子単独での顕著な吐瀉作用については懐疑的な見解が多い。
  • そのため、多量に用いられる酢(苦酒)が、上焦に激しく結した邪を体外(主に吐瀉)へと導き出す強力なベクトルを発生させていると解釈される。この古い文献の文脈では、苦酒に峻烈な大吐の主導薬としての効能があるという前提の可能性がある。
  • これは、激しく上部に詰まった邪を迅速に、力づくで取り除くための急性期の吐実証治療法であり、吐法こそが本処方の本質的な排除メカニズムである。

2. 大瀉心湯:刀で刺すような重篤な心腹の激痛を徹底的に吐き出す

大瀉心湯は、小瀉心湯の病態よりもさらに重篤で、全身的な苦悶を伴う心腹部の激しい痛みに用いられる。

原文・病態

大瀉心湯:治暴得心腹痛, 痛如刀刺, 欲吐不吐, 欲下不下, 心中懊憹, 脇背胸支満, 迫急不可奈者方。

(意訳:突然発症した心腹の痛みで、まるで刀で刺したように激しく痛み、吐きたくても吐けず、下したくても下せず、心中に煩悶(懊憹)があり、脇や背中、胸のつかえがひどく、どうにも耐えられないものを治す。)

 配薬

  • 龍胆草 3両
  • 梔子 3両
  • 戎塩 3枚
  • 苦参 2両
  • 升麻 2両
  • 豉 半升
  • 酢 6升

経方医学的な解説:吐法作用を強化した徹底的な排邪処方

本処方は、小瀉心湯よりもさらに重篤な心腹の激しい熱実・鬱滞に対応するために薬味が加味されている。

  1. 苦寒瀉火の増強: 小瀉心湯の構成に苦参が加えられ、苦寒瀉火作用をさらに強化し、病根である熱実を徹底的に抑え込む。
  2. 昇散と吐瀉のベクトル強化: 升麻の昇提・解毒作用によって、邪を上部に押し上げ、吐き出すベクトルを補助する。また、酢の量も6升と倍増され、排泄の峻烈さを示している。
  3. 目的: 本処方の主目的は激しい吐瀉(当大吐、吐已必自瀉下)であり、重篤で耐え難い心腹の実邪を、文字通り根こそぎ排除しようとする吐法を極めた峻烈な治療法である。

まとめ

小瀉心湯と大瀉心湯は、『輔行訣臓腑用薬法要』における熱実の急病治療の典型であり、現代医学でいうところの激しい炎症や急性閉塞に起因する激痛に相当する病態に対し、「苦寒瀉火」によって熱実を清し、「吐法」による緊急排泄という極めて強力な手段で挑んだ、古典医学の知恵と技術を伝える貴重な処方である。但し、我が国の漢方としては吐法はメインストリームにはならないだろう。

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