(個人が特定されないよう一部フェイクがございます。)
お盆の時期、クリニックは比較的落ち着いていることが多い。そんな日に「頭痛が辛い」と一人の患者さんがいらっしゃった。
「右側の後頭部がズキズキ痛むんです…」
詳しく話を伺うと、以前に他院で「典型的な筋緊張性頭痛」と診断されたとのことである。いわゆる、肩こりや首こりからくるタイプの頭痛だ。
通常であれば、痛みのある場所をマッサージする、温める、痛み止めを飲む、といった治療を想像するだろう。
しかし、私が選んだのは少し変わったアプローチであった。東洋医学の鍼灸治療の一つ、「井穴刺絡(せいけつしらく)」である。
これは、手足の指先にある「井穴(せいけつ)」というツボから、ごく少量の血液を出すという、少々驚かれるかもしれない治療法だ。体のアンバランスを整えるスイッチのような場所だと考えてよい。
今回の頭痛は、体の緊張や興奮が原因と考えられたため、そのスイッチを「オフ」にするイメージで、患者の手の人差し指と足の小指のツボから、それぞれ米粒ほどの血を数滴だけ出した。
「どうですか?」と尋ねると、患者は首を動かしながら、
「あ、だいぶ楽になりました!でも…下を向くと、まだ少し痛みが残ります」
とのこと。なるほど、あともう一歩である。
そこで、右側の症状に合わせて、同じ足の小指のツボから、もう数滴だけ追加で治療を行った。
「今度はどうでしょう?」
「おお、下は大丈夫です!…あれ?でも、今度は上を向くと痛い感じが…」
痛みの場所が微妙に変化している。これは、治療が効いている証拠だ。
「では、もう一度だけ」と、さらに同じ場所で治療を重ねた。
すると、患者はゆっくりと、そして少し驚いたように、あらゆる方向に首を動かし…
「先生、痛くないです!どこを向いても、もう痛くありません!」
と、晴れやかな笑顔を見せてくれた。
ここで一番伝えたいのは、痛みのあった右後頭部には、一度も触れていないということである。
治療したのは、痛みのある場所からずっと離れた「手と足の指先」だけ。それなのに、しつこかった頭痛はすっかり消えてしまったのだ。
体はすべて繋がっていて、一見関係ないような遠い場所からでも、不調の原因にアプローチできる。これこそ、人体を一つのネットワークとして捉える、東洋医学の面白さであり、奥深さなのである。
もし、あなたが長引く体の痛みや不調に悩んでいるなら、こんな不思議な治療法もあるのだと、頭の片隅に置いておいてほしい。
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