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杖道

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【杖道】型が元

現代の杖道における修練のプロセスは、極めてシステマチックだ。まず十二本の「基本動作」を徹底的に体に叩き込み、その動きが定着した後に初めて「型」の習得へと進む。我々はこの順序を疑うことなく受け入れている。 しかし、視点を少し外へ向けてみるとど...
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杖道を深く理解するための古流

先日のI先生の言葉を、今、反芻している。先生が六段に合格した際、講評で高段者の先生からこう言われたという。「杖道の教本には、書かれていないことが多々ある。それを古流を通じて学べ」そう語る先生の口調には、どこか迷いが滲んでいた。その眼差しは遠...
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正眼攻略の鍵は「引き算」にあった

正眼攻略の鍵は「引き算」にあった正眼の間合い―これがどうにもしっくりこず、長らくの課題であった。手順は理解しているつもりでも、相手との距離が遠かったり近かったりと安定しない。「正眼とはこういうものだ」と割り切るには、あまりに居心地が悪かった...
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体外打に見た歩法の真髄 ― 「居て居らぬ」境地

昇段審査を控えた高段者の先生方が熱のこもった稽古に励む傍ら、私は初心者への基本指導に当たっていた。しかし、指導という原点に立ち戻ったからこそ、皮肉にも一つの真理を見出すこととなった。 ここ数日、私が執拗に追い求めている「極意の歩法」が、そこ...
杖道

極意と思しき歩法-「雷打」における微細な先動は反則か

杖道の稽古において、漫然と回数をこなすことは排すべきである。たとえ一見的外れに思えるような細部であっても、独自の「こだわり」を持って向き合うことが肝要だ。前回の考察に続き、太刀の打ち込みを極限まで引きつける動作について深掘りしたい。太刀側に...
杖道

太刀の理は未知なれど、雷打は興味深い

太刀に関しては、かつてある古武術において袋竹刀を用いた技法を学んだ経験がある。しかし、それは杖道とは異なる理合であり、現状では両者の共通項をほとんど見出せずにいる。ゆえに、過去の経験を安易に杖道の解釈に当てはめることは厳に慎まねばならない。...
健康増進

歩法の極意、もう一つの「気づき」

歩法はいかなる武術においても肝要である。「そこに居ると見せかけて、実は既に居ない」。これは幻惑でも比喩でもなく、高度な実技としての状態を指す。過去に私が本質的だと感じた武術の全てにこの思想があり、技の中に脈づいていた。杖道の入門時、この武術...
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【杖道】力を抜け、という難題

「力を抜け、力を。」先生は口を酸っぱくしておっしゃる。こちらの耳には、もうタコができすぎて痛いくらいだ。「はいはい、力を抜けば良いんでしょう」と頭では理解し、体現しているつもりになる。しかし、稽古がのってくると、ついつい「どりゃ!」と打ち込...
健康増進

告白

それはいきなり来た。これは動悸だ。その動悸と共に胸の奥が痛む。ずんずんずん、と重い響き。しばらくじっと落ち着いていると収まるが、また始まる。狭心症、心筋梗塞、動脈瘤、食道痙攣、上腸間膜動脈閉塞あるいは解離……。医師として、様々な鑑別診断が頭...
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太刀も気持ちよく打たれるように―令和八年、初稽古の深き学び

今日から仕事始めである。よって初出勤を終え、私はいつものように少し遅刻して稽古に参加した。道場へ滑り込むと、そこには驚くべき幸運が待っていた。なんと、今日の打ち込み、そして型稽古の相手を務めてくださったのは、当会最高段位者であるS先生だった...