心包の「代受」は、単なる理論ではなく、具体的な薬物構成の中にその治療戦略として落とし込まれている。邪気を代わって受ける心包の病態は、熱の極致(実証)と気血の虚弱(虚証)の二極に現れ、それぞれに大瀉心湯と小補心湯(心包)という対照的な処方が用意されているのである。
1. 大瀉心湯(心包):防御線で激熱を叩く「清熱涼血」の戦略
大瀉心湯(心包)は、心包が受けた激しい熱邪を処理するための処方である。心包への熱の侵入は神明の激しい動揺(怔忡不安、発狂)や出血(吐衄血)を引き起こし、これは防御ラインが破られようとしている緊急事態を意味する。
処方の核心:三黄による清熱解毒と瀉下
| 構成生薬 | 主な役割 | 「代受」からの読み解き |
| 黄連・黄芩・大黄 | 強力な清熱瀉火、涼血、瀉下(三黄) | 代受した「激熱」 を心本体に入る前に強力に冷ます。特に黄連は心包の熱を瀉し、大黄は熱邪を速やかに体外へ出す。 |
| 芍薬 | 緩急止痛、養血 | 熱による血液の損傷(灼傷)と痙攣的な痛みを緩和し、心血を保護する。 |
| 枳実 | 気の結滞を破り、痞満を消す | 熱により胸中に結滞した気の詰まりを打開し、熱の鬱滞を防ぐ。 |
この処方は、心包という「防御の場」で戦いが起こっていると想定し、大量の清熱薬と瀉下薬を投入することで、邪気を一掃し、熱がこれ以上、神明に深く侵入するのを阻止する戦略である。これにより、心本体は保護されるのである。
2. 小補心湯(心包):防御力の回復を急ぐ「重鎮安神」の戦略
小補心湯(心包)は、心包の病態のうち気血の虚弱が根底にある場合、すなわち虚証に用いられる。邪気そのものよりも、防御システムを支えるエネルギーの不足により、心が動揺し、神明が不安をきたす状態である(心中動悸、悲泣、煩躁)。
処方の核心:重鎮による鎮静と補益
| 構成生薬 | 主な役割 | 「代受」からの読み解き |
| 代赭石 | 重鎮安神、気を鎮めて衝逆を降ろす | 虚弱により動揺した「神明」 をその重さで強く鎮め、心の不安定な動揺を抑え込む。心包が果たすべき安定機能を代行する。 |
| 人参・茯苓 | 健脾益気、心神を安らかにする | 脾胃の働きを助け、心包を支える気血の源を回復させる。防御システムそのものの強度を高める。 |
| 麦門冬・当帰 | 滋陰、養血 | 虚熱と血の不足を補い、心の陰液と血液を充実させ、絡を通す。 |
この処方は、防御システムである心包自体が疲弊し、心本体が揺らいでいる状態に対し、まず代赭石の重さで強制的に心を落ち着かせ、同時に気血の根本を補うことで、心包の本来の防御能力を回復させることを目的としているのである。
3. まとめ:心包の病態は防御力の「実」と「虚」
| 処方 | 病の本質(代受の状況) | 治療戦略(代受の目的) | 薬物構成の対照 |
| 大瀉心湯(心包) | 実証: 激しい熱邪を代受し、熱が内攻する寸前。 | 熱を速やかに除去し、神明への侵入を阻止する。 | 清熱・瀉下(黄連・大黄) |
| 小補心湯(心包) | 虚証: 気血虚少により、防御の土台が不安定。 | 強制的に鎮静させ、土台となる気血を回復させる。 | 重鎮安神・補益(代赭石・人参) |
心包の「代受」の概念は、これらの処方を通じて、理解可能だ。


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