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「愛情ホルモン」オキシトシンと寿命経路(mTOR)の関係性:加味帰脾湯からの考察

雑記

 漢方医として、我々は生薬の組み合わせが心身にどう作用するかを常に考察している。先日、日本東洋医学会の講演会で、オキシトシンが寿命経路に関連し、加齢や肥満で低下するという興味深いテーマに触れた。これを機に、オキシトシンの分泌を促すとされる加味帰脾湯が、長寿の鍵である**mTOR(エムトール)**を抑制するのではないか、という仮説を立てた。

 オキシトシンは心の安定に寄与し、加味帰脾湯に含まれる生姜などがその分泌を促すという。一方で、mTOR経路の抑制は健康寿命の延伸に繋がるとされる。もし「オキシトシン増加 → mTOR抑制」という直接的な関係があるなら、漢方の新たな可能性が見える。しかし、探求を進めると、生体の反応は単純な直線関係にはないという、漢方の真髄にも似た現実に突き当たった。

mTORとは何か

  mTORは細胞の「成長と代謝の司令塔」である。活性化すれば細胞は「成長モード」に、抑制されれば細胞内を浄化する「修復モード」(オートファジー)へと移行する。現代の飽食環境ではmTORが過剰に活性化しがちで、これが老化の一因とされるため、適度な抑制が健康寿命に重要となる。

オキシトシンはmTORを抑制するのか?― 答えは「時と場合による」

 本題である「オキシトシンはmTORを抑制するのか?」という問いの答えは、「作用する細胞や状況によって、抑制も活性化もする」という複雑なものであった。

  • 抑制的に作用する場合:消化管など一部の細胞では、代謝バランスを調整するためにmTORを抑制する。
  • 活性化して作用する場合:脳の海馬などでは、記憶の定着に必要となるため、逆にmTORを活性化させる。

つまりオキシトシンは、TPOに応じて全く逆の役割を担う動的な調節因子なのである。

寿命経路への新たな視点:バランスの重要性

 この事実は、「寿命延長 = mTOR抑制」という単純な方程式ではないことを示している。重要なのは抑制か活性化かという二元論ではなく、その時々に応じた適切な調節、すなわち漢方が最重要視する「バランス」である。加味帰脾湯が心身に良い影響を与える時、その背景ではmTORの調節を含め、無数の経路が連携し、全体の調和を取り戻していると考察できる。

まとめ

 当初の仮説から始まった今回の探求は、「生体の反応は常に状況に左右される」という、より深い理解へと我々を導いた。西洋医学的な分子レベルの知見は、漢方が古来より大切にしてきた「全体性」「バランス」という概念の正しさを、新たな角度から証明しているようにも感じられる。

そしてこの探求は、我々に重要な戒めを与えてくれる。それは、オキシトシンの分泌が全てである、という発想は避けるべきだということだ。もちろん、ただ加味帰脾湯を内服していれば良いというわけでもない。

一つのホルモンや処方に過大な期待を寄せるのではなく、あくまで食事、運動、睡眠といった日々の養生を基本とし、心身全体の調和を目指すという漢方の基本姿勢こそが、複雑な生命現象に対する謙虚で、かつ誠実な向き合い方なのではないだろうか。

 

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